✿2021年ノーベル生理学・医学賞は「温度と触覚の受容体発見」
2021年10月4日、ノーベル生理学・医学賞が発表されました。受賞者はDavid JuliusとArdem Patapoutianのニ名です。
ニ名は、温度や圧力(機械刺激)という重要な環境要素をどのように生物が知覚するのかを突き止めた、すんごい人たちです。
TRPチャネルについては授業でもよく取り上げ、話をします。hotが辛い、熱いの意味をもつのが興味深くて……みたいな。鉄板ネタですね。
鉄板ネタになるくらい身近ですごい話なわけです。
ということで今回は、自分なりにノーベル生理学・医学賞をまとめて話していこうと思います!(他にもいい解説記事がいっぱいいっぱいあるとは思うけど、自分の勉強のためにもまとめる!間違ってるかもしれない!間違ってたらコメントで教えて欲しい!!)
✿皮膚と感覚
私達は皮膚を通じて様々な感覚を得ています。
触覚(圧覚を含む)、温覚、冷覚、痛覚……多様な感覚を受容できる皮膚ってすごいですね。
これらの感覚は、それぞれに特化した神経細胞によって受容されます。
しかし、「どのように」刺激源を受容しているのか、その分子基盤は長いこと明らかになっていませんでした。
✿温度受容器TRPチャネル
唐辛子を食べると私達は、辛い!(痛い!)と同時に熱い!を感じます。
このような、「熱と痛み」の関係性は以前からよく知られ、研究もなされていました。
ちなみに上記のような反応は、唐辛子が含むカプサイシンが原因で生じます。
David Juliusは1900年代後半、カプサイシン受容体を探れば痛みのメカニズムに迫れるのではないかと考え、カプサイシン受容体の探索に乗り出しました。
でも、どうやって探すんでしょう?
生物の身体には、カプサイシンに反応する細胞と反応しない細胞があります。反応する場合は、興奮が生じますが、カプサイシンの場合は細胞内陽イオン濃度の上昇が発生します(陽イオンとは具体的に、ナトリウムイオンやカルシウムイオンなどです)。
普段からカプサイシンに反応する細胞には、カプサイシン受容体をコードしたmRNAがあるはずです。
一方反応しない細胞は、カプサイシン受容体がないはずですね。この細胞にカプサイシン受容体候補を発現させたら、カプサイシンに反応するようになるでしょう。
ということで、Juliusらはカプサイシンに反応する感覚神経に注目し、この細胞体を含むげっ歯類の後根神経節からmRNAを抽出しました。
mRNAを逆転写することで、各タンパク質をコードしたcDNA*1ライブラリーを作成することができます。このライブラリーの中にカプサイシン受容体のcDNAがいるはずです。
これらのライブラリーを試すためのカプサイシン非感受性細胞として、ヒト胎児腎臓由来HEK293細胞が用意されました。
HEK293細胞に上記のcDNAを導入し、カプサイシン曝露時の応答(細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇するかどうか)をチェックしていけばいいわけです。応答があれば正解です。
とはいえ、cDNAライブラリーは大きいため、一つずつのcDNAを個々の細胞に導入してチェックするのは大変です。
そのためJuliusらは、cDNAライブラリーを最初約16,000のプールに分け、
そのプール1つを1つの異なるHEK293細胞に導入する、という形でチェックを開始しました。
約16,000種類のHEK293細胞の中で、応答性が出たものを見つけ、
その細胞に導入していたプールを更に細分化し、また各々HEK293細胞に導入し……ということを繰り返したのです。なかなか果てしない作業ですね。
最終的に、カプサイシンへの応答性を与えることができる単一のcDNAクローンを単離することができました。すごい!
このcDNAで発現するタンパク質は、塩基配列から6つの膜貫通ドメインを持つ内在性膜タンパク質をコードすると予測されました。
加えてこのタンパク質は、カプサイシンとレシニフェラトキシンへの応答性を細胞に与えます。
カプサイシンとレシニフェラトキシンは、どちらもバニリル基とよばれる官能基をもつバニロイドという化合物の一種です。
このことから、彼らは見つけた受容体をVR1(vanilloid receptor 1)と名付けます。
後にVR1は、多種の陽イオンを通すチャネルであるTRP(Transient receptor potential)チャネルのファミリーに属することがわかり、VR1からTRPV1という名称に変わりました。
この後も、TRPV1がカプサイシン受容体として生体内で機能していることを証明するためにたくさんの実験がなされます。
例えばアフリカツメガエル卵母細胞で発現させて、電位を測ってみたり……
カプサイシン以外の薬剤をふりかけてテストしてみたり……
カプサイシンの連続曝露で細胞死が再現できるか確認したり……
TRPV1の生体内での発現部位を確認したり……などなど。
「TRPV1がカプサイシン受容体である」ということを証明するだけでも複数の視点からの実験・証拠集めが必要です。根気がいる作業ですね。
このような実験を重ねていくことで、TRIPV1がカプサイシン受容体であることは確定的になりました。
その後Juliusは、熱によってもTRPV1が活性化されることを見出します。
TRPV1を発現させたHEK293細胞において、周囲温度を22℃から45℃に急上昇させると細胞内カルシウム濃度が顕著に増加することを観察したのです。
さらなる詳しい研究により、TRIPV1はすべての熱刺激を受容するのに機能するのではなく、
「痛み」を伴う熱刺激を主に受容し、活性化することが判明しました(43℃以上の高温)*2。
TRPV1が発現している神経細胞が痛覚受容の感覚ニューロンであったことからも、TRPV1がカプサイシン・熱・痛みを受容する分子基盤であることが明らかになりました。
TRPV1をノックアウトしたマウスでは、炎症時の熱性痛覚過敏が抑えられます。しかし、無害な温度の感受は問題なくできてしまいます。
このことから、TRPV1以外にも温度を受容する受容体があると考えられ、探索が盛んに行われました。TRPM3、TRPA1、TRPM8などなど、各温度の感受を担う受容体が発見されていきました。
それぞれ受け取る温度や結合物質が違います。例えばTRPM8は28℃以下の温度を受け取る受容体で、かつミントの成分であるメントールを受容します。ミントを食べると涼しく感じますよね~。
さらに低い温度の受容体がTRPA1で、約17℃以下の温度で活性化します*3。ワサビ成分のアリルイソチオシアネートをはじめとする、多種の有害刺激を受容するチャネルでもあります。
こういった複数の受容体によって温度が受容されることで、私達は細やかな温度感受が可能になっています。
温かいとか冷たいとかの区別も、これらの受容体が複合的に寄与しあって、神経の興奮や抑制がうまく組み合わさることで実現していることがわかってきています。なかなか面白いですね。
これらの温度・痛みに関する受容体への理解を基に、遺伝的疾病の解釈や、鎮痛剤の開発といった医療応用が試みられています。
そんなに簡単なことではないので、特に後者はあまり進んでいないようですが……。
ついでに言うと、なぜ熱変化でチャネルが開閉するのかについても、分子的なメカニズムはよくわかっていないらしいです(そうなの!?ってびっくりしてしまった)。まだまだ興味深く、探求しがいのあるチャネルなんだなぁ。
ちょっと長くなりましたので、機械刺激の受容体PIEZOの話は次に回します!