あいまいまいんの生物学

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2024年度東京大学入試問題 生物所感

前期終了!受験生の皆様お疲れ様でした!!!

東大の問題はすぐ出るからありがたいね……!!!!下のリンク先で見ることができます。ぜひ解こう。

www.sankei.com

 

 

概要

大問数は例年通り3問。

論述の量……はあんまり変わらない気がするけどどうなんだろう。はちゃめちゃ難しいことは聞かれていないと思う。

今年の問題は(当たり前だろ!というツッコミは置いておいて)リード文をちゃんと細かい所まで注意して読んでいないと、問題を解く時に細かい所で躓く感じの構成だったな~と思った。「ここがfixされないと答えが定まらないんだけどここについて書いてあったっけ……あ、書いてあるわ」みたいなことが何回かあった。情報の取捨選択がうまくできていないのかもしれない。自分の衰えか……。

例年通り基本は美しい問題群。解けるのでね。題材も良いと思う。でも生物学全然知らない人に「東大の問題面白いよ~!」って紹介はしにくいかも。あまりにも前提が長すぎて……。生物学やってる人にだけ分かるおもしろさかもしれない。

 

各大問ごとの所感

第1問

I RNAポリメラーゼの種類とリン酸化による挙動変化

RNAポリメラーゼのCTDで2番目および5番目のリン酸化がなされることでRNAポリメラーゼの挙動が変わるよって話。で、実際どう変わるの?どういう順で転写は進行していくの?というのを実験を通して考えるというやつ。

最初の方ではRNAポリメラーゼの種類と各々の役割の違いについても触れている。大学で勉強するやつだ。

……入試問題としての既視感はないけど、この記事知ってるなぁ……ってなるやつだ。RNA PolⅡ-CTDでしょ?これじゃん。これを読もう(読まなくても解けるけど)。

https://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2013/10/82-03-07.pdf

しかも最終問題はRNA PolⅡの液-液相分離?これじゃん。

seikagaku.jbsoc.or.jp

ということで今話題の(?)最先端研究領域でもある(?)RNAポリメラーゼⅡ-CTD修飾と、液-液相分離について組んでくるというハイインパクトな1問目。うーん、しびれるぜ……。ある程度生物学を齧った人間や流れを追っている人間なら「あ~そんな話もあったな」とか思いながらサクサク読めるんだろうが、受験生は一体どれくらいのスピード感でこの知識みちみちの文章を読めるんだろうか……。(というかそもそもRNAポリメラーゼが一時停止するとかしないとか、その時点で受験生的には???なのではないか。一時停止なのかバックなのかの議論はおいておく。)

 

とりあえず問題そのものに戻る。上でも言ったようにRNAポリメラーゼのCTD領域のリン酸化と挙動の関係性を調べるために、実験をやっていく。

てことで実験1への導入が始まるのだが、いきなりChIP-Seqをサラッと、さも当然のように実験手法として突っ込んでくるあたり強い。

ChIP-seq法
クロマチン免疫沈降法 (chromatin immunoprecipitation: ChIP) と次世代シークエンサーを組合わせた新技術.免疫沈降で回収したDNA断片に,機種に応じたサンプル調整を施し,超高速シークエンシングを行う.ヒストンメチル化などクロマチン構造変化のエピジェネティックな修飾や転写調節因子(DNA結合タンパク質)のゲノム上での結合部位を,ゲノムワイドかつ網羅的に解析することができる.マイクロアレイを利用した従来のChIP-on-chip法と比べ,1回のランで全ゲノムを対象とした膨大な量の解析が行えるため効率がよく,さらに感度,解像度ともに優れている.

引用元:

ChIP-seq法:バイオキーワード集|実験医学online:羊土社

 

正直上の引用文よりも、問題文の中での説明の方が分かりやすい気がする。

結局やってることは

目的:RNAポリメラーゼⅡがどの位置にどれくらいいるかを知りたい!

やること:

RNAポリメラーゼⅡ用の抗体を作る→

抗体を使って核内にいるRNAポリメラーゼⅡを回収する→

RNAポリメラーゼがくっついてるDNAの配列を全部次世代シークエンサーで読んで集計する

って感じ。で、それを2番目セリン(Ser2)リン酸化RNAポリメラーゼⅡ用抗体と、5番目セリン(Ser5)リン酸化RNAポリメラーゼⅡ用抗体も用いてやるよと。するとリン酸化の様子によってどの位置にどれくらいいるかが分かるわけ。それがエンハンサーYというやつが働いているときと働いていないときで並べて提示される。グラフを見て何が起こってるかを判断する。

実験2では薬剤を使い、2番目または5番目のリン酸化を妨げる。その結果が記述されている。

実験3ではリン酸化されていないCTD領域をちぎってくると、液滴が見えるよ!という。Ser5をリン酸化する酵素BとATPをそこに突っ込むと液滴が消失するよ!という。液-液相分離!!!はい。知っていればタンパク質が「散!!!」する様子が想像できるんだろうけど。

 

では問題に突入。

Aは適語補充。rRNAは核小体で転写されることを忘れるなかれ。ちなみにrRNAの合成に関わるRNA Pol Iも液-液相分離があって、その振る舞いが遺伝性疾患に関与しているらしいと最近わかったんだよ、とせっかくなので紹介しておく。

www.nig.ac.jp

 

BはrRNAとtRNAの役割の記述。簡単すぎる!ボーナス問題!!

Cは実験結果を踏まえてRNAポリメラーゼⅡの転写過程の反応順序を考えましょうというもの。リード文をちゃんと読んでいれば、最初リン酸化されていない状態でプロモーターに呼び込まれることは明記されているので(2)が一番最初にくることは自明。あとは実験1の結果と実験2の結果をかみ合わせて考えればオッケー。

DはエンハンサーYがどうやって遺伝子Xからの転写を促進しているか考えて記述するもの。エンハンサーYがいないと明らかにRNAポリメラーゼⅡが転写領域に進行できていないので、ここの尻たたき、つまりはSer2のリン酸化を促しているのだなぁということが導ける。

Eはどうしてプロモーター近傍でRNAポリメラーゼⅡのピークが見られるか考えよう!用語を用いて記述してね!というもの。律速段階という言葉がもう答えをほぼ言っている。

FはエンハンサーYが働いてるところにSer2リン酸化酵素をストップさせる薬を入れたらRNAポリメラーゼⅡとDNAの結合状態はどうなるか考えよう!というもの。今まで正しく読めてたらまぁ問題ない。

GはCTD+Ser5リン酸化酵素だけだと(つまりATPいないと)どうなる?というのを理由付きで記述。リン酸化のためのリン酸を得る場所もエネルギーを得るもともないからリン酸化起きない。よって液滴のまま。リン酸化にはリン酸が必要というこのイメージ、受験生はちゃんと持っているんだろうか……?

Hは実験3の結果を踏まえて、転写開始前~転写開始点の一時停止の過程でどういう風にRNAポリメラーゼⅡの存在様式が変わりそうかな?という記述問題。Ser5がリン酸化されれば散!するので、集合→散!になるよね。

 

Ⅱ マウス胚肢原基におけるSHH発現とエンハンサーの関係

RNAポリメラーゼⅡつながりでマウス胚肢原基の遺伝子S活性化とそのためのエンハンサーZの話なんですが……、ウオォこんなの何も隠しきれてない頭文字やないかい!!!Sonic hedgehog(Shh)とZRSエンハンサーやないですか!!!発生好きなのでね、反応しちゃいますよね……へへ……。

とりあえず肢原基での遺伝子Sの転写活性化にはエンハンサーZ(ゲノム上では遺伝子Sから離れている)が必須で、これが欠損すると遺伝子Sの発現が消えて両手足のないマウスになるよと。そうですね。素晴らしいですね。

実験4ではエンハンサーZを色んな生物と入れ替えてみるということをしています。ニシキヘビエンハンサーZと入れ替えると、そのマウスは遺伝子Sが発現しなくなるんだって!ニシキヘビ、足ないもんな。そりゃそうなんだけど、エンハンサーZが関係してたのか……。で、配列見てみたら一部塩基配列がニシキヘビでは欠損してるよとな。ちなみにこの話の元論文はこれかな?と思う。↓

https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674%2816%2931310-1

実験5ではエンハンサーZの転写調節因子F結合部位で点変異が生じると、遺伝子Sの異所的発現が見られて多指症につながるよということが述べられている。

実験6は逆に無手足症の話で、ヒトの無手足症の細胞を解析したら遺伝子S、エンハンサーZは変異してなかったんだって。でもエンハンサーZ近傍のDNA領域(タンパク質G結合部位を含む)が特異的に欠損していて、かつ患者ではエンハンサーZと遺伝子Sの近接状態が低下していたよという。

正直リード文だけでストーリーがありありと見えて面白い。発生って楽しいなぁ……。

 

では問題へGO!

Iはニシキヘビ由来エンハンサーZを持つゲノム編集マウスの表現型を答えるもの。問題文読んでたらわかる。

Jは遺伝子Sの発現制御と手足形成における転写調節因子E結合部位の機能を実験的に検証するためにどういいう実験を組みますか?というもの。ニシキヘビ由来のエンハンサーZ持ちマウスにマウスのE結合部位配列を突っ込もう。なんだか結局マウスがもとに戻っていっている気がするのは気のせいか?まぁでもこうするしかないもんな。

Kは実験5の結果解釈。

Lは実験6の結果解釈。タンパク質GがDNAにくっついて、DNAをぐにゃってして、エンハンサーZと遺伝子Sが近づいて、転写が起こるんだね。

 

ということでⅠもⅡもいい問題だったな。Ⅰは盛りすぎでは?受験生がさらさら読めるのか?とは若干思ったけれど……。でもChIP-Seq法みたいな、「高校生の知識でも理解しようと思えばできるけど馴染みがない、でも理解するとおぉ~それを活用してそんなことできるんだ!とちょっと感動する」リアルな実験手法を活用してくるのはいいなって思う。なにより毎回思うけれど、東大はその手の実験導入がとても上手で、説明や持っていき方、使い方がとても巧みだなと思う。素人では受験生に対して馴染みのない実験系を、無理なく、スマートに、最小限で、しかもわかるように導入し、それをメインとせずに《活用》して問題を解かせるなんて中々難しい。というか無理。私なら無理だ。だからそういう点で東大ってやっぱりすごいなといつも思ってしまう。そこを声を大にして褒め称えたい。東大の作問はすごいぞ!

で、題材が最先端であったり、話題のものであり、しかも高校生の生物学の延長線上だけれど初耳だったり、少し発展的だったりする、驚きを伴う知識が乗っかってるのがまたよい。この問題を解くだけで勉強になるんだからすごいや。ちゃんと解ける問題で構成されているところも言わずもがな。すごいよ。

 

 

第2問

Ⅰ 花芽形成と光・温度条件

花芽形成をするためのフロリゲン合成は日長以外の条件も使ってるよ~というリード文。そうだね。

実験1ではシロイヌナズナを実験室内と北半球野外とで栽培したらなんだか花芽形成の様子もフロリゲン量の変化の仕方も違うので、野外環境を参考に温度や光条件を変えてみたら野外の状態を再現できたよ!というもの。温度を一定値から波打つように変え、光条件では740nm付近の光の強さを上げると合うという。お見事だなぁ。逆にこれだけで再現できるのすごいな。

実験2は光受容体Xの変異でフロリゲン発現の様子が変わるよというもの。しかも全部が影響を受けるわけじゃなく、特定のピークだけが大きく影響されるという。面白いね(面白いしか言ってない気がする)

 

問題に突入!

Aは適語補充。栄養成長と生殖成長、東大レベルで聞かれると「本当にこれで合ってるよな……?」って少しどきどきしちゃう。大事な用語ではあるんだけども。

Bは短日植物と長日植物を選ぶやつ。教科書レベルなんだけど地味に難しい。ちゃんと覚えようね。

Cはフロリゲンの性質として正しいものをすべて選ぶやつ。すべて選ぶは毎回ちょっと気構えしちゃう。今回のは簡単でよかった。

Dは(このブログでは上でもう言っちゃったけど)野外条件に合わせるために実験室の条件をどう変えたの?というのを述べるやつ。

Eは実験1を見ながら、野外でのフロリゲン発現制御について温度条件と光条件に着目して説明するというもの。私は地味にここがきつかった。どう記述したらいいんだ?と思いそのまま書いたらそのままでよかったらしい。制御、とかいうからもっとなにか書かなきゃいけないのかと思ってしまった……。

Fは光受容体Xなにものでしょう?というもの。740nmの波長の光、と言われた時点でフィトクロムの気持ちになる。加えてそのほかの被子植物光受容体をふたつ答えなければならない。私はフォトトロピン、クリプトクロム……かな。

Gはフロリゲンの発現制御について実験1,2からわかることを全部選ぶというもの。また全部!全部は怖いよ。数を絞ってくれないか?まぁでも今回は絞りやすい選択肢だからいいか……。

 

実験3はハクサンハタザオを使って春化の仕組みを調べるというもの。ハクサンハタザオを北半球の野外で育てて、遺伝子Yの年周期での発現量を追いかける(日長と気温も)。見事にすべて同じペースで波打っている(位相はずれている)のがすごい。

で、問のH。遺伝子Yの発現量と気温変化の関係性と、それによるフロリゲン発現制御について考察して述べる。気温に遅れて遺伝子Yの発現量は増減し、少ないとフロリゲンを誘導することがグラフと文章から読み取れる。

Iは結局春化ってどうハクサンハタザオの花芽形成に役立つの?というもの。また全部!!!!!!!!!!!!!全部やめてほしいな。

 

Ⅱ 異なる緯度での花芽形成と品種開発

異なる緯度だと日長が違うし温度も違う、日本だと夏の長さも違うから困るよね!?ということで、北海道のイネ品種として適切なものと本州のイネ品種として適切なものは実は違う、という話。そりゃそうだよな。よく考えたらそうだよなとなるけれど今まであまり考えたことがなかった。

で、実際には光周性による花芽形成のタイミング制御に関わる遺伝子の突然変異体が品種として選抜された例が複数知られているそうな。へぇ~。で、とある品種Zについては、2つの遺伝子の機能が失われていると。品種Zの祖先品種Wでは2つにくわえてもうひとつの遺伝子の機能が失われていると。よって品種Zを作る際に1つの遺伝子だけが野生型遺伝子に置き換えられたっぽいぞという話が述べられている。

Jは適語補充。北海道の夏の日長の長さが本州より長いか短いかが分かれば大丈夫。だと思う。

Kは減数分裂第一分裂で特有の過程を選ぶもの。まぁ知識だな。

Lは祖先品種Wのような複数遺伝子機能欠損変異体をどうして選抜できたのだろう?という理由として適切なものを選ぶ問題。また全て!!!!!!!でも合理的に考えれば絞れるのでよい。受験生はイネが自家受精であることを知っているのだろうか?

Mは品種Zを作るときにどういう経過をたどったのか考えるというもの。結局は交配過程について述べるよう要求されているだけなので、F1をどのかけ合わせで作るかちゃんと述べて、F1自家受精の中でホモ接合体を選ぶことを述べればよろしい。

Nは交配育種でどんな遺伝子でも自在に組み合わせられるわけではない、という。どういう条件だと難しくなるか?というもので、結局は目的とするふたつの遺伝子がしっかり連鎖していたり、乗換えすらできないほど対立遺伝子間配列が似ていなかったり、対立遺伝子の組み合わせが生存不利だったりしたらだめなわけで。それを選ぶだけ。終了!

 

そんなわけで第2問は植物尽くしだったわけだが、後半は品種開発という実用的な話に向いて中々良い問題構成だった。スタート地点も学校では中々掴みにくい活き活きとした植物のフロリゲン合成変化の様子が見られてよいと思う。日長条件だけ同じにすれば絶対同じ結果になる、と思っている受験生も少なくないだろう。そんな中で温度を波打たせる重要性や、光の中身(どの波長が入っている必要があるか)に言及するのはとても「リアル」でよいなと思う。問題もそこまで難しくなかった。

 

 

第3問

Ⅰ 神経管の分化とタンパク質濃度勾配

え!!?また発生でいいんですか!!!?!?!?うれしい。発生好きなので……。

ということで第3問のこの問題では神経管とタンパク質濃度と分化のお話が述べられている。脊索から分泌されるタンパク質Dの濃度に従って、神経管の細胞が遺伝子A発現細胞、遺伝子B発現細胞、遺伝子C発現細胞に分化する。

実験1は上で言ったことを確認するための実験。

実験2は野生型マウス胚で遺伝子Aを欠損させたり遺伝子Aを強制発現させたりして、遺伝子Aと遺伝子Bの発現細胞の分布がどうなるか見るというもの。

実験3は神経管を切り出して、培養皿で異なる濃度のタンパク質Dに異なる時間浸すことでどの遺伝子発現細胞がどれだけ現れるかを観察する。加えて遺伝子Eからできるタンパク質Eがタンパク質Dと結合する受容体タンパク質らしいので、それをRNAiで減らした状態で異なる濃度のタンパク質D存在下での24時間培養結果を見る。

 

Aはニューコープの実験を説明する問題!過去の実験を理解していることは本当に大事。ニューコープ、ちゃんと勉強しておきたい。

Bはショウジョウバエの発生で体節形成時に出てくる3つの分節遺伝子の名称と順序を書き出すというもの。受験生覚えているのか……!?ギャップして、ペアルールして、セグメントポラリティーですよ。どういう順で体節を作っていくかのイメージがあれば名前とリンクして覚えられる気がするけれど。

Cはリード文の穴埋め。簡単。

Dは実験1からタンパク質Dと遺伝子A、B、Cの関係について正しいものを1つ選ぶ!1つ!!ありがたい。しかも簡単。

Eは実験2から遺伝子A、Bの関係考察して正しいものをすべて選ぶ。こっちが1つの方がよかった。なぜこっちがすべてなのか。

Fは実験3の結果からタンパク質D濃度と培養時間の関係、それに伴うどの遺伝子を発現するかのグラフとして正しいものを選ぶ。冷静にグラフの値を読み取れば選べる。例えば培養時間36時間でタンパク質D量が1のとき、遺伝子C発現細胞は0%になることがわかる。ここから(3)はおかしいと分かる。みたいな感じで、サクサク見ていけば絞ることができる。大事なのはどの値をチェックすると早くグラフの判別ができるかに気づけることだ……。

Gはタンパク質Eについての考察。読み取るだけ。

 

Ⅱ カドヘリンと細胞選別

神経管といえば細胞選別だもんね!(いや別に神経管以外でも細胞選別はもちろんいくらでもあるけれども)ということで細胞選別の話。

実験4で神経管の遺伝子A発現細胞、遺伝子B発現細胞、遺伝子C発現細胞を色んな組み合わせでくっつけて、その細胞間の接着力を測定する。測定方法の説明が大変面白い。ガラスピペットで綱引きして、細胞間の絆が勝つかどうかを見るんだと。単純な系でいいね。

実験5では細胞接着に関わるタンパク質F、Gをいじる。欠損させたときの接着力を測定する。

 

Hでは調べたい遺伝子の発現を追うために、目的遺伝子の翻訳領域の下流側にGFPをコードする遺伝子をつなげて細胞に導入するって方法があるよと紹介しつつ、それをするときに何を気を付けて融合DNA配列を作る必要があるか?という問題。普通に考えれば大丈夫。

Iはカドヘリンについての説明文に適語補充。

Jは3つの細胞で接着力測定したらどういう結果になると思う?というもの。普通に考えればできる。

Kはタンパク質F、Gのはたらきについて述べた文として正しいものをすべて選ぶ。最後まですべて……でもこれは簡単な方なのでよかった。

 

 

ということで第3問「も」私の好きな発生分野だったのでうれしい気持ちになった。実験内容自体はそこまで新規のものではない。脊索から出るタンパク質の濃度によって神経管が分化することは頻出題材だし(たぶんこれもShhタンパク質だよな?それとも別のタンパク質なんだろうか……)、カドヘリンの細胞選別についても授業で扱う上によく知られているもので、入試題材としても時々見受けられる。しかしそれらが発展的に掘り下げられ探求されているという点で一味違う。し、遺伝子Aと遺伝子Bの関係性を取り上げることや、濃度と培養時間のグラフ(問F)で整理するところなどはよい発展のさせ方で好ましい。楽しくて、頭を使えて、学べる。なんと素晴らしい入試問題だろうか……(感嘆

発生は、いいぞ……。

 

 

 

総評

今年も素晴らしい入試問題だった。

まず何より「解ける」ということ。これが素晴らしい。答えがバシッと決まるのは神。しかもこの複雑さで?信じられない。

次に題材の良さ。上でも述べたが、最先端だったり、話題のものだったりを無理なく持ってくるのがすごい。授業で勉強したことを用いて、授業以上に踏み込んでいけるのがすごい。感動があり、学びがあるのがすごい。ちゃんと探求できるのがすごい。

なによりちゃんと現場で使われている、しかし受験生に馴染みのない実験手法をしっかり使っていくところ。これがすごい。説明力がすごい。理解させるのがすごい。使い方がすごい。なにもかもすごいしかない。

 

今回の問題は、今までももちろんそうだけれど特に「色んなものがかみ合わさって生命現象が作られている」ということを強く感じさせる問題だった。

遺伝子同士、タンパク質同士の局所的な関わり方を抜き出すと抑制、促進、結合、解離……などの単純な働きでしかないものが、複数関わることで複雑に絡み合いながら生命現象を織り上げていく様子はとても美しい。し、それを体感させる入試問題もまた美しい。

正直登場人物が多すぎて&色々絡まりすぎて受験生は辟易するのだろうが、それでも東京大学の処理の仕方は比較的良い方だと思う。普通、これだけの登場人物を絡めて問題を美しく作り上げられない。加えて複数の登場人物が出てきたら、もっと面倒くさく、読みにくく、わかりにくい問題文になってしまうのが当然だ。並の人間にはこれだけの登場人物を整理し、問題として組み上げ、段階的に解き手を導いて高みに、最終目標に近づけていくことはできないのだ。それを可能にしているという点で、東京大学の入試問題には芸術的な美しさを感じる。

また、液-液相分離などの概念は生物学を専門に学び始めた者もハッとさせられる、結構印象的な概念だと個人的には思っている。ただのタンパク質の動き、とかではなく、液滴を作ることで局所的な化学反応の場を作ったり、挙動を制御したりする……そうか、その手もあるのか、というハッと感。私は初めて学んだ時それを感じた。もちろん液-液相分離について色んな議論があることは知られているが、「こういう制御もあり得るんだ、確かにできるよな」というコロンブスの卵的な考えとの出会いは大事だと思うのだ。この出会いがきっかけとなり、細胞を観察したり生命現象を観察したりした時に「ただのごみだな」「ただのノイズだな」と思って見過ごすはずのものを見過ごさなくなり、大発見につながったら……それは素晴らしいことではないか?つまり、自分が学んだことで理解できること『だけ』ではない、という至極当たり前だけれどとても大切なことを受験生にわからせることに価値がある。学んでいない、改めて言葉にされていない現象だって無数にあり、ピタゴラスイッチのように具現化できるシステムならどれだけばかげていても単純でも細胞の中で採用されている可能性は『ある』のだ。それを知るきっかけになればそれだけでこの入試問題の価値は十二分にある。そう思わないだろうか?

 

 

ということで、最初にも述べたようにあまり生物学に馴染みのない人にはどう面白いかを説明しにくいが、生物学を齧った人となら感動を分かち合えそうな芸術的な問題を解けて満足した。よかった。東京大学ありがとう。