あいまいまいんの生物学

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中島さんの培養話を聞く会を振り返る 前半

12月11日夜8:00~、細菌・古細菌に関する研究をし続けている中島さん(現在はJAMSTECに所属)のお話を聞く会をTwitterのスペースで開催しました。

twitter.com

 

2時間の予定でしたが、楽しすぎていつの間にか2時間半経ってしまっていて、それでも足りないくらいには面白い内容盛りだくさんの会でした。

今回のブログでは、会において触れられたトピックについて、自分が覚えている限りで書き起こすことに挑戦したいと思います。拙い部分もあるかと思いますが、大目に見て頂けると……

 

 

細菌・古細菌への道の始まり

中島さんが細菌・古細菌に興味を持ったのは、中学1年生のとき。

父親の本棚にあったブルーバックスの本「科学・知ってるつもり77」が全ての始まりだったそうです。

この本は、77個の一度は疑問に思うようなトピックについて解説をしているというもの。わかったつもりでも、実際は違う、みたいな……。

そのうちの一つのトピックが「100℃で死なない生物がいるって本当?」。たった数ページのその解説の中で、古細菌や細菌の存在と出会ったのです。

こんなにおもしろい生物がいるなら研究してみたい!培養してみたい、実態を知りたい、色んな謎を解き明かしたい……そんな中学1年生の時の思いが実現できている。すごいことですよね。

 

学部では赤潮の研究

学部生のときは、水産に関する研究室に所属し、赤潮の研究を行いました。

赤潮で主に悪さをするラフィド藻の一種:Chattonella(シャットネラ)と呼ばれるものを培養し、細胞内に貯める活性酸素とその分解酵素の持ち方がどのように生死に関わるかを調べるというものです。

シャットネラは光合成をしますが、通常の植物でも知られているように過剰な光は活性酸素出現の原因になります。

活性酸素は反応性が高いので、生体内の様々な代謝経路や物質と反応することによって細胞を傷害すると言われています。

ということは、ものすごく単純に考えると、活性酸素を分解できる酵素を持つかどうかによって赤潮を構成する藻類の寿命というか、生存が変わりそうですよね。持っていなかったり、作れなかったりした場合は、すぐ細胞内に活性酸素が溜まって死んでしまいそうです。

水産業においては、赤潮の出現や衰退というのは予測したり制御したりできることがかなり望まれているもので、特に「同じタイミングで大量に死ぬ」かどうか、それをバラけさせることができるのかどうかも興味の対象としてあるのだそうです。

自分は高校生物レベルの赤潮の知識しかなかったので、「富栄養化」とか「ケイソウが関係する」くらいのイメージしかなく(あとはどのように赤潮が悪影響を出すか)、そもそも「制御する」とか「予測する」という発想があまりなかったのですが、

今回の話を聞きながら、確かに予測や制御は水産の人にとってはできるようになりたいものだよな、と……

そういう研究もあるんだなぁという学びがありました。

 

細菌が持つロドプシンの研究へ

次に中島さんが取り組んだのが、ビブリオが持つロドプシンに関するテーマでした。

ビブリオというのは、細菌の一種で、海水とかに生息している鞭毛もちの子です。腸炎ビブリオとかのビブリオと同じ意味ですが、ビブリオには沢山仲間がいるので、病原性がないものも当たり前にいます。

で、あるビブリオはロドプシン(細かく言うとプロテオロドプシンですが、面倒なのでこの後はロドプシンで統一します)というタンパク質を持っています。

ロドプシンというのは、レチナールを光受容のために持つ膜タンパク質の一種なのですが、光を受容することでイオンポンプ(イオンを濃度勾配に逆らって移動させるもの)としての役割を果たすという中々すごい機能を持つタンパク質です。

プロトンポンプの場合、光が当たるとプロトン(水素イオン)を細胞内から細胞外へと輸送します。

通常、細胞膜の内外ではプロトンの濃度が違っています。プロトンは細胞内よりも細胞外が多い状態です。あまり的確ではない例えになってしまいますが、細胞内がスカスカで細胞外がぎゅうぎゅう詰めの部屋だとすると、2つの部屋をつなぐ扉が空いた瞬間人はスカスカの方に逃げたいですよね。ロドプシンでは敢えて、スカスカの部屋(細胞内)からぎゅうぎゅうの部屋(細胞外)に人(プロトン)をエネルギーを使って突っ込んでいるわけです。

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そうするとぎゅうぎゅうの部屋はぎゅうぎゅうすぎる状態になるので、細胞膜のロドプシン以外の空いている扉から細胞内(スカスカの部屋)に侵入しようとします。この侵入に伴うエネルギーを用いて、細菌はATPを作ることができます*1

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ということは、光-ロドプシン経路によってビブリオはATPを得ることができる、ということになります。ATPは生存に必要なエネルギー通貨ですので、大事です。

一方ビブリオはこの経路とは別の呼吸鎖経路でもATPを合成することができます。呼吸鎖を使用した場合、その経路がルシフェリン-ルシフェラーゼ反応系(ホタルの発光と同じような仕組みです)と連携しているので、呼吸鎖駆動が生じるたびに発光する、という現象を観察することができます。

ATPを合成する、という機能面では2つは被っています。だったら、

  • 光が当たっている時 = 光-ロドプシン経路でのATP合成+呼吸鎖によるATP合成
  • 光が当たっていない時 = 呼吸鎖によるATP合成(+ルシフェリン-ルシフェラーゼ反応による発光)

という風に、光が当たっている時と当たっていない時でATP合成経路を切り替えているかもしれません。光が当たっている時に呼吸鎖によるATP合成を少し休んで、ちょっと休んだ分を光-ロドプシン経路に担ってもらうと、餌の節約などにつながる可能性があります。よって、中島さんはこの切り替えや節約について調べることにしました。

光-ロドプシン経路を使っている量は、プロトンが細胞外に移動するので細胞外pHの減少によって、

呼吸鎖を使っている量は、ルシフェリン-ルシフェラーゼ反応の発光の検出によって、それぞれ検出することができます。

ならば、暗い条件・明るい条件で育ててあげた細菌たちを、一時的に暗条件においてから光をパッと照射してあげて、結果細胞外pH(どのくらいロドプシンが活性を持つか)と発光量がどうなるのかを調べてあげればよいのです。

 

この実験、言葉だけで言うととても簡単そうなのですが、実際はそうではなかった。

大量のビブリオを培養してpHを測ろうとしても、

  • 測定直前に置く暗条件において、中々pHが安定してくれない
  • 光照射後のpHが小数第3桁しか変わらない

等の苦労があったそうです。条件安定には2時間かかることも普通で、一回の実験に1日かかってしまうという……。

 

話を聞いていてふと、「ビブリオが自身で発光したとき、その光をロドプシンが使う可能性はあるのか?」と思ったんですが、

中島さん曰くビブリオの光の波長とロドプシンの吸収波長がかなり近いので、可能性はあるとのことでした。自給自足じゃん!というね。

 

3種のロドプシンの意義

ロドプシンはもともと古細菌である好塩細菌で見つかり、それが後に細菌でも持つものがいる、とわかってきた物質です。

細菌にも勿論持つもの、持たないものがいますが、持っているものの中でもかなりの多様性があります。

特に面白いのが複数種のロドプシンを持つ種です。ロドプシンには、通すイオンがプロトン以外に、ナトリウムイオン、塩化物イオン、硫酸イオン……など様々な種類があるのですが、プロトンを通すものを複数種持つやつや、様々なイオンを通すものを数種類揃えたやつなど、面白い持ち方をするものたちがいます。

その一例がNonlabens marinusです。

Nonlabens marinusの場合は、

  • プロトンを細胞外に出すもの
  • ナトリウムイオンを細胞外に出すもの
  • 塩化物イオンを細胞内に入れるもの

という3種類のロドプシンを持っています。プロトンとナトリウムイオンのロドプシンについては、よく発現をしている上、同じようなタイミングで発現し、吸収波長も同程度のようです。どちらのイオンもATP合成で用いられるよくあるイオンなので、これら2つはATP合成に寄与すると思われますが、なぜ2つなのか、それぞれ担うものが違うのかなどは分からないとのこと。

一番謎なのが塩化物イオンを通すもので、こちらは発現がそもそもあまり見られません。なんのために機能しているのか、そもそもあまり重要じゃないから発現量が少ないのか、よくわからないとのことです。

しかも、3種類もロドプシンを持っていて、かつ流すイオンが異なるので、pHの変化も一意に決まりません。細胞外pHを測るという解析アプローチは難しいでしょう。

 

「ノックアウトやノックダウンで様子を見たら?」なんて思っても、非モデル生物であるため、既存の手法が通用するのかもわかりませんし、通用したっぽくてもそれが本当に通用した結果なのかを確かめる必要もあります。

通用するかどうかわからないもののために実験系をセットアップするのも大変、というのもあり、なかなか余裕がないと挑戦ができません。

非モデルだからこそ面白いことが見つかるけど、非モデル生物だからこそ巷で当たり前にできることができなかったり、アプローチが限られたりしてしまう……。非モデル生物の魅力と難しさを改めて考えさせられる事例です。

 

中島さんはNonlabens marinusに関して、外界の条件とロドプシンの発現量の関係性などを研究したそうです。

食べ物がない(呼吸鎖があまり駆動できない)環境ではどう変化するかを確認する際には、培地から調整する必要がありました。というのも、海の細菌の培養のために通常使われる培地では、炭素濃度が海水の1000〜2000倍以上なのです。それを海水の4〜5倍くらいの(通常より)薄い栄養しか無い条件にするために、培地を自作しなければならないという……。大変だ。

 

レチナール合成酵素のないロドプシン持ち細菌?

中島さんがロドプシンに着目して研究している中で、ある面白い事例が発見されるようになりました。

それは、「既知のレチナール合成酵素遺伝子を欠いているのにも関わらず、ロドプシンを持つ細菌がいる」という事例です。これは大変不思議なことです。

上でも既に述べましたが、ロドプシンというタンパク質は光を吸収して駆動します。光を吸収するために必要なのが、レチナールという物質です。

レチナールは、通常 リコペン→β-カロテン→レチナール という合成経路を辿って生体内で合成されます。反応は酵素によって触媒されます。

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既知のレチナール合成遺伝子を欠く、ということは、素直に考えるとレチナールを作れないということになるわけです。

にも関わらず、レチナールを含んだロドプシンを持っている。だから不思議なのです。皆さんなら、このレチナールの出どころをどこだと考えますか?

 

ひとつの可能性としては、他者から盗むというものがあるでしょう。他者のものを盗む実例としては葉緑体が有名です。チドリミドリガイというウミウシや、ハテナと呼ばれる鞭毛虫は、餌から葉緑体を盗んで自分のものとして活用することが知られています。

細菌の研究業界でも、「恐らくレチナール合成遺伝子を欠いているものは他者からレチナールを盗んでいるのではないか」とふわっと考えられていたそうです。

 

中島さんはここで、レチナールを盗むという現象が本当に発生しているのか、白黒はっきりつける研究をすることにしました。

Actinobacteria門に属する細菌の中で、レチナール合成遺伝子を持っていないけれどロドプシンを持つ細菌を選び、それをレチナールのない培地で培養し、

ロドプシンが機能するかどうかや、レチナールをもつかどうかを調べました。

すると、レチナールを含まない培地であったはずなのに、細菌のロドプシンは機能し、かつレチナールも検出されたのです。一体どうして?

中島さんが仰るには、恐らく既知のレチナール合成経路と異なる生合成経路があるのではないかとのこと。確かに、今わかっていることは「既知のレチナール合成遺伝子がないこと」でしかないので、全く違うレチナール合成の経路があってもおかしくありません。

放射性同位体質量分析などの手法で代謝経路を追うことはできないのか?とも思ったのですが、中間産物は不安定で少量なため検出が難しいという問題点もあるようで、なかなか簡単にはいかないのが実情のようです。

 

 

既知のレチナール合成酵素を持たない細菌はいくらかいるのですが、それらは分布が偏っているという面白さもあるそうです。

例えば堆積物中であったり、地下水中であったり……所謂嫌気性で、かつ光の届きにくい(または完全にない)環境ですよね。

上の図でも示しましたが、既知のレチナール合成経路ではβ-カロテンをちぎるために酸素が必要になります。もしかしたら、嫌気性条件で別のレチナール合成経路を作るのは、酸素が使えないからなのでしょうか?

そもそも光も届きにくい場所で、なぜそんなにも一生懸命作るのかも謎ですが……。わからないことだらけですね。

 

 

これらの研究を経て、現在中島さんはJAMSTECで細菌・古細菌のゲノムを使った研究を行っています。

ゲノムを使ったアプローチは今非常に盛んなようで、「ある特定環境で生きる細菌たちはどの遺伝子発現が盛んなのか」を追求することで環境と遺伝子発現のつながりを検出することなどが可能だそうです。チムニーだけで見られる傾向とか、深海だけで見られる傾向とか……見つかったら面白そうだと思いませんか?

 

 

細菌・古細菌を「分ける」こと

とはいえ、このゲノムを使うアプローチが良いのか悪いのかよくわからない状況も発生しているようです。

例えば、「新種の発見と分類」という方面では、かなり混乱が生じています。

 

細菌や古細菌は、すべてが培養できるわけではありません。ですので、環境中にどのような生物が生息しているかを調べるときには、主に環境ゲノムのような、「集団のゲノムをざくっと取ってきて解析する」という方法で行われます。

集団のゲノムを解析していくと、細菌と古細菌どちらがどれくらいいるのかがリボソームRNAの配列特徴によってわかるだけでなく、既知の遺伝子配列と異なるものが見つかったりします。

ある閾値で区切って、これくらいこの場所の塩基配列が違ったら別種、という感じで判定をしていくわけですが、

そのような遺伝子ベースでの分類を行っていった結果、もともとの細菌の門が35だったところが、現在は約160にまで膨らんでしまいました。

一気に物凄い膨らみ方をしてしまったせいで、分類の世界は大混乱です。新種につける名前も、すごい勢いで見つかるが故に付け方に困ってしまいます。

それ故、もともとあったファーミキューテス門について、大きくなりすぎたからファーミキューテスA, ファーミキューテスB, ファーミキューテスC……といった具合に分けて細菌たちを分類しよう、とか……

名前は人の名前を順番につけちゃおうとか、使ったメッシュや判別した遺伝子の情報をそのまま並べてつけちゃおうとか、そういうことが起こっているのです。

 

シーケンサー技術の発展によって、このように沢山の新種が見つかることは素晴らしいことではあります。

環境中に極小数しか生息していない新種の場合は、何百億塩基対と読んでやっと見つかるか見つからないか。データの大きさで殴って初めて見つかる種(遺伝情報として)も沢山いるのです。そういう意味で、シーケンサー様様なのです。

一方で、上で述べたような混乱が生じてしまっている。研究者としても、分類がころころ変わると困ってしまいます。

細菌の世界では、今こそ整理整頓が求められているのですね。

 

もうちょっと詳しく知りたい人はこちら↓

frasco-shaking-ny.hatenablog.com

www.slideshare.net

 

 

 

ところで、環境ゲノムをとってきて解析を行うと、勿論細菌だけでなく古細菌も出現します。

教科書程度の知識だと、「古細菌は極限環境にいる」というイメージが強すぎて、そこらへんにはいなさそうに思われるのですが、

実際は海水中に普通にいるものもいて、普通にとれてくるのだそうです(海水中の古細菌の例としてMarine Group Ⅱなどが挙げられるそうです)。

とはいえ、アスガルド古細菌など古細菌の種類によっては、海の中でも堆積物中、つまりは海底に多いらしい。嫌気性のものが多いので、堆積物中にいるのは自然な話ですよね。海底は圧がかかるし貧栄養なので、ある意味極限環境でしょう。

そんなわけで、海の上の方でゲノムをとったり顕微鏡観察をしたりすると、細菌:古細菌=10:1だったのが、深くなるにつれて細菌:古細菌=2:1みたいに変わっていく……古細菌が増えていくという現象が見られるそうです(数字は仮のものですが)。面白い。

 

古細菌もゲノムを読むことによって沢山新種が見つかっていて、上で述べた問題点が発生しつつあります。

が、遊び心たっぷりな名前もつけられているようです。

例えば、2015年に見つかった「真核生物に最も近い古細菌」は、ロキアーキオータと名付けられました。ロキというのは、北欧神話に出てくる神の名前です。

そこから続々と近縁の古細菌が見つかったのですが、それらが

オーディンアーキオータ

トールアーキオータ

……どれも北欧神話の神の名前ばかり。

と、思ったら、中国のグループが発表したのはウーコンアーキオータ。「ウーコンってなに?」と思うかもしれませんが、これは孫悟空の悟空の部分ですね。

 

もうちょっと詳しく知りたい人はこちら↓

yunakajima426micro.wixsite.com

 

 
これは蛇足かもしれませんが、興味本位で「ロキアーキオータとかって培養できるんですか?」と聞いてみたところ、なんと培養できたという報告が出ているそうなのです。

が、そのDoubling Time(細胞が分裂して集団が2倍に増えるのにかかる時間)は約14~25日とのこと!長過ぎる!!!!

大腸菌のDoubling Timeが30分程度なのに比べたら、圧倒的長さです。培養の途中で諦めそう。

 

 

かなり長くなりましたが、実はまだ半分くらいしか内容を紹介できていません。

この続きは次回の記事で紹介したいと思います。

*1:ロドプシンの種類によっては、通すイオンの種類も向きも異なりますし、ATPを作るのではなく、鞭毛運動をしたり、輸送体を動かしたりと別の働きに活用するものもあります。働きが多様なのです