ストックはあるのに使おうとせず、新しく書く方ばっかりに傾いてしまう結果、生物の話題の更新が遅れるのはなんでなんでしょうね。(ただの愚か者だと思う)
今回もまたストックは使わずに、
前回下のリンクの記事で宣言したものを書きます!
i-my-mine.hatenablog.com
何を言っていたかというと、「合成生物学の実装具体例を紹介するよ!」という宣言ですね。
具体例は
Programming gene and engineered-cell therapies with synthetic biology | Science
というreviewから引っ張ってきています。
なるべくゆるふわな、ざっくりな感じでやっていこうと思います!
✿CAR T細胞の活性を制御しよう
引用元:Remote control of therapeutic T cells through a small molecule–gated chimeric receptor | Science
一つ目に紹介するのはCAR T細胞療法に関する実装例です!
そもそもCAR T細胞って何?ってなるといけないので説明します。
私たちの身体ではT細胞というものがいて、これが結合したものを異物だと判定することによって免疫は発生しています。
特に細胞を殺傷する能力を持つものはキラーT細胞といいます。キラーT細胞は細胞対象に機能するため、例えばがん細胞も攻撃対象としています。
キラーT細胞が活性化して細胞攻撃を行うには、抗原提示細胞(APC)によって2つのシグナル伝達が発生することが必要です。(分かりにくいので下図を参照しつつ読んでください)
1つは、主要組織適合抗原(MHC)が提示した抗原ペプチド(がん細胞の目印となる欠片)を認識したT細胞受容体(TCR)からのシグナルです。
これによって、がん細胞を攻撃すべき異物と認識します。
もう1つは、共刺激シグナルと呼ばれ、抗原提示細胞上のある分子とT細胞上のCD28やCD137(4-1BB)といった分子の結合により発生する別経路のシグナルです。
2つのシグナルが入った段階でT細胞は十分に活性化され、増殖し、がん細胞を攻撃します。
しかし、がん細胞は抗原となる物質の発現を低下させたり、共刺激シグナルを抑えたりしてくることによって攻撃を回避しようとします。
ここで考案・開発されたのがCAR T細胞療法です。
まず、患者のT細胞を取り出し、遺伝子を操作することでCAR(キメラ抗原受容体)を発現するT細胞にします。
CARは、がん細胞などの表面に発現する特定の抗原を認識する抗体の認識部位(scFv)+共刺激分子+TCRの細胞内ドメイン(ζ鎖)からなっています。色んなタンパク質の部分を集めてくっつけてるから「キメラ」なんですね。
CARを持っているT細胞は、CARが結合できる特定のがん細胞抗原に結合すると、
それだけで共刺激シグナルもTCRからのシグナルも入るようになっているので、
抗原提示を受けなくても、かつ2つのシグナル経路を別々の仕組みで働かせなくても、一つの入力のみで活性化しがん細胞を殺すことができます。
しかもCARの先端である抗体から持ってきた結合部位の形は自由に設計できるので、普通の体内の免疫系では認識できないような抗原でも認識することが可能です。
そんなわけで、CAR T療法はがん治療に用いられてきました。
しかし、何人かの患者において、このCAR T細胞治療が致命的な症状を引き起こしました。
今まで報告されたものには、まずオフターゲットの問題があります。
ターゲットにした結合抗原ががん細胞以外にもあって、攻撃してしまうというものです。
他にも、神経毒性が出た例や、サイトカイン放出症候群(CRS)の例などがあります。
特に後者のCRSは発熱、低血圧、低酸素症、神経変性などに伴い血清中のサイトカインレベルが著増する状態ですが、これはターゲットになるがん細胞が多すぎるせいでサイトカインを放出しすぎるせいだと言われています。
そこでこのような併発する問題を、合成生物学の発想で解決できないかと考えられました。
具体的には、CARが特定抗原でのみ活性化されるのではなく、人工的に投与した薬剤依存的に活性が制御されるように設計をしたのです。
これを実現するために、以下の2つのタンパク質が設計・実装されました。
- 抗体を認識するscFvの細胞外ドメイン+共刺激分子ドメイン(今回は4-1BB)+FKBPドメイン
- CD3ζT細胞アクチベーター+共刺激分子ドメイン(4-1BB)+FRBドメイン
1は今まで通り抗原を認識してT細胞が活性化されるためにあるのですが、この状態では共刺激シグナルのみしか入らずTCR経由のシグナルが入らないようになっています。
一方2は抗原を認識する部位はないもののTCR経由のシグナルを入れるための部位を持っています。
ここで1にはFKBP、2にはFRBという新たな登場人物が含まれていますが、この二つは人工的に投与したラパマイシン類似体(ラパログ)があるときだけ結合できるようになっているのです!
ということは、抗原がある&ラパログがあるという時のみT細胞の活性化が起こるようになっているのですね。
人工遺伝子回路や人工細胞は体内にずっと存在していて制御が困難に見えますが、小分子であれば生体内でも一過性の存在なので正確な制御が可能になります。
ラパログ依存的に人工細胞の活性を制御するというこの二つの特性を組み合わせて活用する感じ、美しいと思いませんか?
✿投与する物質濃度依存で3段階応答変化する細胞を作ろう
引用元:A programmable synthetic lineage-control network that differentiates human IPSCs into glucose-sensitive insulin-secreting beta-like cells | Nature Communications
前述したように、外部から投与する薬剤で人工遺伝子回路や人工細胞の活性を制御するという考えは非常に有用です。
ここで、大抵我々が考えるのは「小分子があればON、なければOFF」という二値の制御だと思います。
しかし合成生物学で「低濃度ならX、中濃度ならY、高濃度ならZ」というように濃度によって三段階の応答変化を実装した例が存在します!
その例では、iPS細胞から作った膵前駆細胞をバニリン酸(VA)の濃度に依存的にインスリン産生B様細胞に分化させる人工遺伝子ネットワークの作製が試みられました。
そもそも膵前駆細胞がインスリン産生B様細胞に分化するには3つの遺伝子Ngn3, Pdx1, MafAが3つの発現状態に変化していくことが必要です。
Pdx1のみの発現で膵前駆細胞の維持、
Ngn3の発現で内分泌前駆細胞への分化、
そしてPdx1+MafAの発現でB様細胞への分化が誘導されます。
この3つの遺伝子発現状態を、VAが濃度ゼロ、中濃度、高濃度の3パターンで実現しようとしたのです。
ターゲットになったのはNgn3, Pdx1, MafAの3つの遺伝子、
加えて二つのVA受容体であるMOR9-1とVanA1です。
この中でMOR9-1のみが外部から導入された遺伝子であり、これはVAを受容し活性化することができるようになっています。
VanA1はVA受容体ですが高濃度VAでは阻害されるような受容体です。
それぞれのVA濃度で何が起こるか見ていきましょう。
VA濃度ゼロのとき
Ngn3はOFF, Pdx1はON, MafAはOFFという状態です。
この時細胞の分化は発生しません。
VA中濃度のとき
VAの濃度が中濃度になると、MOR9-1がVAを受容し活性化が起こります。
すると、活性化因子CREB1が発現するようになっています。
VanA1のプロモーターはCREB1に対して高感受性であるため、CREB1が発現するとVanA1の転写も促され発現します。
VanA1の発現がNgn3の転写を促すと同時に、細胞内に存在するPdx1 mRNAに対するmiRNAの合成を促進します。
miRNAはmRNAを破壊するため、結果としてPdx1の発現量は減少します。
このような変化を経て、Ngn3はON, Pdx1はOFF, MafAはOFFという状態になり、
この状態が膵前駆細胞を内分泌前駆細胞へと分化させます。
VA高濃度のとき
VAが高濃度になると、CREB1は過剰に活性化します。
その結果、CREB1低感受性のプロモーターまで活性化されてくるようになります。
CREB1低感受性プロモーターはPdx1とMaf1のプロモーターであるため、両者の発現が促進されてきます。
一方VanA1は高濃度VAに阻害される性質があるため、VanA1の活性は低くなり、Ngn3の発現促進効果が失われ、同時にPdx1 mRNAに対するmiRNA産生もなくなってきます。
そうしてNgn3はOFF, Pdx1はON, MafAはONという状態ができあがります。
この状態が内分泌前駆細胞をB様細胞に分化させます。
すべての結果をざっくり整理するとこんな感じです。
なんやかんや論文のFigureの方がわかりやすいけどね…