あいまいまいんの生物学

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まいばいお16 合成生物学

 

✿合成生物学の世界へ!

日本ではまだほとんど馴染みがなく、研究室もほとんどない「合成生物学」。

これは非常に新しい分野なのですが、MITなど最先端の場所では研究が盛んに行われており、現実世界において着実に進歩を生んでいる分野です。

ではそもそも合成生物学とはいったいどんな分野でしょう?

文字通り「生物を作る」…よりもすごい!夢広がる分野です!!

ちょっと勉強したので、勉強したことをまとめがてら、記事にしてみたいと思います!!(間違ってたら指摘して欲しい)

 

✿合成生物学とは

そもそも「生命体」とはいったい何か?を考えてみます。

生命体は、DNAによってコードされた、プログラム化された存在です。

生命活動は全てDNAに塩基配列によって記されたコードで記述されたものであり、DNAの塩基配列を基に作られるタンパク質が、決まった動きを果たすものでしかありません。

そのタンパク質の動きや、元々の塩基配列が変われば、勿論生命現象を変えることは可能です。

 

合成生物学では、このDNAのコードを「ゲノム編集技術」を用いて変えることで、私たちが望むように細胞の動きを変えることを一つの目標にしています。

その活用先の例が医療です。

医療でのゲノム編集というと、単に「変異している有害遺伝子を正常な塩基配列に戻す」というのが大体想像されますが、合成生物学が目指すのはそれ以上の、高度で計算高い医療行為です。

 

現在私たちはおかしい細胞の反応や働きを変えるために、外科的手術や薬という方法を用います。

しかし薬は望まない反応を付随させて引き起こしたり、

逆に動きを変えたい細胞に届かなかったり、

加えて薬が消えるまで薬効が続いてしまうので細胞の動きをこれ以上変えたくなくても薬による変更が行われ続けてしまう…なんていう可能性があります。

そういう意味で薬は、細胞の動きを制御するには、ちょっと不安定で、不確実な存在だと言えます。

 

そこで合成生物学では、例えばある病気の時にだけ現れるシグナル分子を受容できる受容体タンパク質を設計し、

その受容体がシグナルを受容すると病状改善するために必要な遺伝子の発現がONにできるような仕組みを実装しようと考えます。

下の図は完全な自作の例ですが、見てみてください。

遺伝子Yという治療に役に立つタンパク質があるとして…

 

もしこういう細胞の系になっていたら、こう考えるはずです。

「物質Xが出てきたら遺伝子YがONになるようにならないかなぁ」と。

そこでゲノム編集を2か所に施します。

一か所目は受容体Wの遺伝子Wです。この受容体の受容部の形状を決める塩基配列をいじって、物質Xと結合できるようにし、さらに結合後は本来の受容体Wの動きのように活性化因子bが放たれるようにしておきます。

二か所目は遺伝子Yの上流です。ここに塩基配列Qを入れれば、活性化因子bがくるようになります。

すると…

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できました!

今回は絵の範囲の関係で、遺伝子Wを完全に変えてしまいましたが、例えば本来の遺伝子Wを失わないようにするために遺伝子Wの塩基配列を別の場所にコピーしていじってもいいですよね。

今回の例は雑なので、物質aの受容はどうするんだとか、遺伝子Zの発現はどうするんだとか、ツッコみどころ満載なんですが、そういうのも解決できるように緻密に考えて本当は設計されます。

あくまで例なので、ご了承ください…

 

とにかく上に挙げたような感じで、合成生物学で何かを実装するときは、勿論ほかの生物の遺伝子を入れることもありますが、元から細胞にある仕組みを活用して行うこともあります。

もし上で述べたような能力を持つ細胞が体内にあれば、薬を投与せずとも、なんなら診断すらなされていない状況でも、病気になった瞬間勝手に治癒が始まり知らないうちに治りますし、

病気が終われば細胞も本来の動きに戻っていくよううまく設計すれば行き過ぎた治療にはなりません。

 

他にも色々な実装例があります。

 

外部から身体に無害な低分子を投与すると治療効果がONになる細胞を作る。

私たちの制御下でタイミングも量も自在な治療が可能になります。勿論変えたい細胞の動きは設計次第で自在に変えられます。

 

本来の身体では作られないTCRを設計しT細胞に持たせ、癌特有物質を認識させる。

癌細胞だけが作る物質を認識できるTCRを設計してT細胞に持たせてやれば、癌細胞に対し異物と認識して免疫効果を上げることができます。

 

周囲情報を受け取ってある細胞に分化する仕組みを実装した細胞を作る。

例えばインスリン分泌細胞が体内で消失した時、それを感知してインスリン分泌細胞に分化するという機能を持つ細胞を入れておけば、インスリン分泌細胞の枯渇が防げます。

しかも必要な時だけ、必要量のみ分化細胞を供給することが可能です。

 

フィードバック制御を新たに構築する。

例えば、インスリン受容体が壊れただけでインスリン分泌の仕組みは正常なものを持つ細胞があるとして、

この細胞が血液中グルコース量を感知してインスリン分泌ができるようになれば糖尿病を免れることができます。

このように本来ないフィードバック経路を、ほかの物質について作り出すことによって、生体内で損なわれてしまったフィードバックを実装することが可能です。

 

免疫の過剰活性をサイトカイン量で感知し免疫緩和タンパク質を放出する細胞を作る。

アレルギー、特に乾癬などの病気は免疫の過剰活性化によって生じますが、上記のネットワークが実装できればアレルギー症状からも解放されることができます。

 

✿合成生物学の活かし方は様々

医療での活用について話してきましたが、合成生物学の技術が活かせる領域はまだまだたくさんあります。

 

まずは生物学です。

「もともとDNAは記録媒体なのだから、DNAを細胞内や生体内での現象の記録媒体として活用できるのでは」と考え、DNAを基にした新しい観測方法が合成生物学によって確立されようとしています。

具体例として、「何かが起こるとDNAの塩基配列が編集されて傷跡が残る」という仕組みを実装した細胞は、様々な生命現象の記録・観測や有無の判定に用いることができます。

例えばあるシグナル分子を受容すればDNAに決まった傷が入る仕組みを実装した細菌を、ヒト体内に入れて一定時間後取り出せば、ヒト体内でそのシグナル分子があったか否かをDNAで判別できます。

これは医療でも活用可能で、外からでは見えない病気の兆候を読み取ることができます。

この方法の利点は今まで見えなかったものが見えるだけでなく、一過性の過去に起こった事象でも観測できる(現在ある顕微鏡観察や薬剤検査では『検査・観測した瞬間に物事が起こっている』場合しか観測ができない)こと、

そしてDNAの傷が量依存的や曝露回数依存的につくようにしておけば、定量的な観測が可能であるということです。

 

ほかにも、どの細胞からどの細胞が個体発生中に生まれてくるか、そしてどのタイミングで分化しているのかという「細胞系譜」については、今まで明確に追う方法はあまり開発されていませんでしたが、DNAを記録媒体として追う仕組みを作ることができると考えられています。

そもそも体細胞分裂を行った細胞は、同じDNAを共有するという原則があるので、ある細胞においてDNAに傷がついた場合、この細胞から分裂した細胞たちは同じDNAの傷を共有するようになります。

よって後からたくさんの細胞を見た時に、同じDNAの傷を持つものは同じ細胞由来であるという風に追うことができるのです。

細胞分裂をするたびに新たな傷が細胞別で追加されるようになっていると、細胞系譜は一層深い段階まで追うことができるようになります。

 

 

そもそも私たちは今まで、化学物質や機械などを外部から投入して行う観察や追跡を行ってきましたが…

これらの物質や機械は、生体システムとの相互作用に最適化されているとはお世辞にも言えません。

一方で合成生物学が目指すのは生体内の物質を活用した観測や追跡であり、元々備わっている生体システムで生体内の出来事を見ようとしているわけで、

この観測対象物と観測方法との間の相互作用は長い進化の歴史の上で最適化されてきているに違いありません。

ですから、従来の方法に比べ鋭敏に生体内の反応を捉えることが可能であると考えられています。

 

ほかに合成生物学が活かせる場面として、工業や産業が挙げられます。

私たちの生活では生体物質であるタンパク質や酵素を活用している場面が幾つかあります。

発酵食品なんかはその最たるものですし、洗剤にも酵素が入っています。

しかしこれらの酵素は私たちの目的に完全に最適化された、最も望ましい能力をもつものたちではなく、今あるもので使えそうなものを活用しただけに過ぎません。

もっと良い能力のタンパク質や細胞があれば、それを使いたいものです。

そこで、ゲノム編集技術を活用し人為的な進化を起こさせることができます。

そもそも本来の自然においては、進化は①突然変異が生じて新たな配列の遺伝子ができる→②自然選択によってよりよく適応するものがうまく残る ということを繰り返して起こっています。

ですから狙った遺伝子だけにゲノム編集技術によって突然変異を起こさせ、様々な配列の遺伝子を持つ細胞群を作り、

それらを人為的な選抜過程(例えば酵素活性をテストしてより良いものだけが残るようにするなど)を行うことで進化を人為的に再現できるのです。

自然の中の突然変異は必ず決まった遺伝子に起こるわけではなく、起きる頻度も非常に少ないものなので、それを期待するよりも圧倒的に速く狙った酵素や性質だけを進化させることができます。

 

このように、合成生物学は非常に緻密で計画立てられたゲノム編集によって、不可能を可能にしようと試みる分野なのです。

 

✿合成生物学は進んでいる

現在の合成生物学では、「狙った通りに確実にゲノムを編集できる技術」を確立することを目標として多くの研究が行われ、リアルタイムに研究結果が更新されてきています。

ゲノム編集そのものにもそもそも歴史と変遷がちゃんとありまして。

本当に初期のゲノム編集技術は、ただ放射線や薬剤で外部から突然変異を引き起こすというものだったのですが、

そこから相同組み換え法、制限酵素の発見と使用、人工制限酵素としてジンクフィンガーヌクレアーゼ、TALEN、そしてCRISPR-Cas9と…どんどん新たな革新的なゲノム編集技術が考案されてきました。

現存するゲノム編集技術の一覧で、Precise writerすなわち狙った通りの確実な編集を起こす技術と、Pseudorandom writerすなわち予測できないランダムな編集を起こす技術の二つが大きく分けて開発されてきています。

 

それぞれ異なる使い道があり、そのどちらでも改良が目指されているのです。

特にPrecise writerについてはprime editingという新技術が2019年10月24日に発表され、自然界では起こり得ないプリン(A,G)⇔ピリミジン(T,C)の変換をはじめとし多くの不可能が可能になりました。

これについてはResearchat.fmが詳しく解説してくれてるのでおすすめです!

researchat.fm

 

この分野は確実に、そして急速に歩みを進めているのです。

すごい世界ですね…!!!!

 

ちょっと長くなってしまったので、次回あたりに、合成生物学分野で過去に実装された医療活用の例の中でも私が好きだったやつを具体的に紹介しようかなと思います~