あいまいまいんの生物学

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まいばいお番外編 2019年ノーベル医学・生理学賞 発表!

今年もいつの間にかノーベル賞発表の時期になっていました!

驚き。

前の年から考えると色々なことが劇的に変わったなとしみじみ思ったり…

 

私が高校生の時には、毎年生物の先生がノーベル賞の話を決まって授業の最初にしてくれて、

私はそれをふーんと、割と適当に、かつ受動的に聴いていたものでした。

でも今は教育者という立場になったからというのもあるけど、個人的興味もあってノーベル賞には注目しています。

ノーベル賞を通じてどんな先人の素晴らしい動きがあったのかっていうのがよく分かるし、新たな分野についての知見を得るきっかけにもなるし。

 

ということで今回は、まいばいお番外編で

今年のノーベル医学・生理学賞について書きたいと思います!!

ただし、私は今回の分野には完全ド素人だったので全部発表から勉強した断片的知識なので、あんまり詳しくは書けませんごめんなさい…(そして現段階ではまだ論文に目通しきれてないので後で書き足す気がします)

 

ノーベル医学・生理学賞の発表ページに載っていることを和訳しているのがベースになっています!じれったい人はそっちへ是非。

 

 

✿2019年ノーベル医学・生理学賞は「低酸素応答の仕組み」

2019年10月7月、2019年のノーベル医学・生理学賞が発表されました。

受賞者はWilliam G. Kaelin Jr., Sir Peter J. Ratcliffe, Gregg L. Semenzaの3名です。

以下所属:
William G. Kaelin Jr.:

Harvard Medical School, Boston, MA, USA, Howard Hughes Medical Institute, Chevy Chase, MD, USA

Sir Peter J. Ratcliffe:University of Oxford, Oxford, United Kingdom, Francis Crick Institute, London, United Kingdom

Gregg L. Semenza:Johns Hopkins University, Baltimore, MD, USA

 

彼らの受賞項目は、「for their discoveries of how cells sense and adapt to oxygen availability」

-すなわち、「細胞の酸素利用率の感受と適応の方法の発見に対して」です。

 

 

✿酸素は生命に欠かせない

酸素はミトコンドリア有機物から生命が使用可能なエネルギーを取り出すために用いられます。

しかし酸素レベルは常に一定なわけではありません。

例えば激しい運動をすれば、筋肉への酸素供給が追い付かなくなることで筋肉が低酸素状態になります。

高地に行けば、空気が薄くなる分酸素が少なくなります。

そのように酸素が少なくなったときでも、生命・細胞が運営され続けるにはその酸素レベルに適応して代謝や形質を変えていくことが欠かせません。

その生命の根幹を支える適応の仕組みは一体どういうものでしょう?

 

 

✿1980年代までに分かっていたこと

人体については、まず頸動脈小体という頸部の両側の大きな血管に隣接する構造が血液の酸素レベルを検知する特殊細胞を持っていることが既に知られていました。

これは1938年のノーベル医学・生理学賞の受賞項目にもなっています。

 

頸動脈小体での低酸素適応に加え、人体ではエリスロポエチン(erythropoietin,略してEPO)というホルモンが低酸素時に濃度上昇することが知られていました。

EPOは赤血球の産生を促進する効果があり、低酸素時でも赤血球数を多くすることでより多くの酸素を体内に取り込むように寄与します。

このような知見が1986年から1987年にかけて行われたものの、EPOの量がどのような仕組みで酸素濃度によって制御されているのかは分かっていませんでした。

 

 

EPOを追う中で見えてきたもの

Gregg SemenzaはEPO遺伝子がどのような仕組みで酸素レベルによって制御されるかを調べるため、まずマウスを用いて研究を行いました。

ヒトのEPO遺伝子およびその周辺配列について、様々な長さ・領域をとってきたDNA断片を作成し、それらをマウスに持たせてみたのです。

結果、EPOをコードする領域に加え、5’および3’隣接領域をカバーする4kbほどの領域が、マウスにおいてEPO量の増加による多血症を引き起こすことを見つけました(1989年)。

つまり、EPOの隣接領域に酸素感受性の発現制御に必要な領域が含まれるということです。

 

1991年には、EPO遺伝子の3’隣接領域に対してDNase I footprint assayというものをSmenzaは行いました。

これは、「DNA上に何かが結合した状態でDNase(DNA分解酵素)を作用させた場合、何かが結合している場所は分解を免れほかの場所は分解される」という論理に基づいて、DNA上の物質の結合部位を調べる方法です。

この実験の結果、EPO遺伝子の3’隣接領域にある256塩基対がDNaseから守られている、すなわち何かが結合できることが分かりました。

 

加えてゲルシフトアッセイ(EMSA法)という、「何かが結合しているDNAは何もついていないDNAよりも電気泳動時の移動速度が遅くなる」という理論に基づいた実験方法を用いて、

含まれる4つの領域がいくつかの核因子と結合すること、

少なくとも2つの領域については貧血時に結合が誘導されることが判明しました。


同年の1991年、Sir Peter RatcliffeもEPO遺伝子の酸素依存的制御について調べている中で、

EPOを発現する細胞以外でも酸素を感受するメカニズムがあることを明らかにしました。

ここで「全ての細胞は何かの方法で酸素を感受し、低酸素に応答して適応している」と示唆されてきたのです。

 


1992年にはSemenzaがEPO遺伝子の低酸素誘導発現に必要なのは3’隣接領域の50塩基対であることをつきとめます。

ここに酸素依存的に結合するタンパク質複合体も同定し、「低酸素応答因子(hypoxia-inducible factor)」の頭文字をとってHIFと名付けました。

HIFは1995年の実験で、HIF-1αとARNTというタンパク質からなることEMSA法を用いて確認され、この中でも低酸素依存的に細胞内で量が変化するのはHIF-1αであることが確認されました。

 

その後の研究でHIF-1αは、遺伝子発現量の変化ではなくタンパク質の安定性の変化(分解されるか否か)によって細胞内での量が変化していることが突き止められ、

HIF-1αは酸素レベルが高いと分解され、酸素レベルが低くなると分解されない結果HIF-1αの量が上昇、EPO遺伝子のところに結合・制御できるようになることが明らかになりました。

この仕組みを更に調べる中で、普通の酸素レベルの時には小さいペプチドであるユビキチンがHIF-1αに付加されること、

それを目印にプロテアソームがHIF-1αを分解するということも明らかになりました。

しかし酸素依存的にどのようにユビキチンが付加されているのかは謎のままでした。

 

 

✿がん研究が低酸素応答とつながった

これらの低酸素応答の仕組みを探る研究の傍ら、

同時期に、がん研究者であるWilliam Kaelin, Jr.は遺伝病であるフォンヒッペル・リンドウ(von Hippel-Lindau (VHL disease))病を研究していました。

VHL突然変異を持っていると劇的にがんのリスクが高まるということが知られていました。

 

Kaelinは、VHL遺伝子ががん発症を防ぐタンパク質をコードしていることを発見し、

さらにVHL遺伝子を欠いたがん細胞は異常に高いレベルのHIFを発現していること、

そしてVHL遺伝子をがん細胞に再導入するとHIFが正常レベルに回復することを発見しました。

これはすなわち、低酸素応答のコントロールにVHLも含まれているという重要な証拠です。

 

いくつかの研究グループから、VHLがタンパク質をユビキチンで標識しプロテアソームで分解させる複合体の一部であることを示す証拠がさらに出てきたのに加え、

Ratcliffeと彼の研究グループは、VHLが物理的にHIF-1αと相互作用できることを示し、

VHLは通常の酸素レベルでのHIF-1αの分解に必要とされることを示しました。

 

 

✿役者は揃った、あとは仕組みだけ 

HIF-1α, VHL, プロテアソーム, ユビキチン…

酸素があるとHIF-1αとVHLが結合しユビキチン・プロテアソーム系で分解され、

低酸素ではHIF-1αとVHLの相互作用が発生しないためHIF-1αが分解されずDNAに結合して低酸素応答を引き起こす、というところまでストーリーは明らかになりました。

しかし問題は「なぜ酸素があるときとないときでHIF-1αとVHL間の相互作用が切り替わるのか」です。

 

KaelinとRatcliffe は、HIF-1αのタンパク質ドメインのどこかに酸素感受性の残基があることを推測していました。

なぜなら、当時別の研究によって、コラーゲンタンパク質において酸素依存的な変化が起こることが知られており、

これはコラーゲンのプロリン残基がヒドロキシル化されることで起こることが発見されていたからです。

HIF-1αも同じく、プロリン残基が酸素依存的にヒドロキシル化され、結果VHLと結合できる立体構造になるのではないか?と彼らは疑っていたのです。

 

その推測は大当たりでした。

2001年、彼らは、通常の酸素レベルではHIF-1αの2つの特定の部位に、酸素感受性をもつプロリルヒドロキシラーゼという酵素によって、ヒドロキシル基がつけられることを示した論文を発表しました。

プロリルヒドロキシル化というこの修飾により、VHLはHIF-1αを認識して結合できるようになり、結果として通常酸素レベルにおいてはHIF-1αが急速に分解されるようになっていたのです。

 

 

HIF-1αの分解に加え、2001年には2番目の酸素依存性メカニズムもSemenzaによって発表されました。

FIH-1という酸素依存性ヒドロキシラーゼが、HIF-1αのN末端活性化ドメインアスパラギン残基を水酸化することが分かったのです。

このヒドロキシル化は、p300転写コアクチベーターの動員を妨害することが発見されました。

このようにして、酸素はODDドメインのプロリルヒドロキシル化を介し、HIF-1α分解を促進するだけでなく、VHL依存性分解を回避したHIF-1αの転写機能を阻害することもできるということが分かったのです。

 

このように細胞には、酸素レベルによって2つのメカニズムを用いながら、HIFレベルを適切かつ正確に制御する仕組みが備わっていたことが明らかにされました。

 

 

✿この研究成果が何につながるのか

酸素感受によって私たちの身体は、細胞レベルでは好気呼吸から嫌気呼吸に切り替えたり、身体レベルでは血管新生や赤血球産生を行ったりと、様々な部分で変化をし、酸素状況への適応を行っています。

ですから逆に言えば、この酸素感受が崩れると多くの病気の中心にもなりうることになります。

例えば慢性腎不全患者は、腎臓細胞内で作られるはずのEPO発現が低下することによって重度貧血に苦しむことになります。貧血なども酸素濃度への適応障害の例です。

 

特に癌細胞では、今回見てきた低酸素応答の仕組みは悪用されています。

癌細胞は本来正常な細胞が配置されない部分で増殖するため、癌細胞に栄養や酸素を供給する血管が最初近くにありません。

この低酸素状況に適応できなければ細胞は淘汰されてしまいますが、癌細胞はHIFを細胞内で高く維持することによって血管形成を刺激して周囲に血管を作らせたり、嫌気呼吸をメインに切り替えることで効率的な増殖を可能にしたりしています。

嫌気呼吸で作られた乳酸は、血液にのって血管近くにある癌細胞に取り込まれます。するとこの細胞では、乳酸がミトコンドリアの酸化的リン酸化に使用される分グルコース消費が抑えられるようになっており、節約された分のグルコースは血管からより遠くの癌細胞まで届けられることが可能になります。

このように、低酸素応答は低栄養状態すらも改善させる力を持ち、癌細胞に有利な環境を作る力を持つのです。

癌細胞の浸潤や転移にもHIFが関わることを示唆する結果も出てきています。

 

このように、様々な病気の病態に低酸素応答が関わっているとわかってきている今、今までの研究で得られた低酸素応答の仕組みの詳細は非常に役に立つ可能性を秘めています。

経路図が分からなければ何をターゲットに薬を作ればいいか分かりませんが、分かっている薬や治療の地図をひくための強力な武器になるのです。

酸素感知機構を作動または遮断することにより、さまざまな病状に干渉する可能性のある薬物の開発が考えられるのですね。

 

 

今回のノーベル医学・生理学賞は、ひらめきとか飛びぬけたアイデアというよりは、

堅実な実験と研究結果の蓄積が生み出した素晴らしい成果だと思います。

一人ひとり携わった人の努力がなければ、この地図を作り上げることはできなかったと思うのです。そういう意味で今回の受賞者も、ここに関わった人々のことも、私はすごいなぁと思います。

正確な結果を出すために、正しく実験を組み、的確に実行し、データを集め、論文にまとめ、そして次の問題点を解決するために動く…という作業は、本当に大変なものです。簡単に言うけれど簡単では決してありません。

そして生物学の研究は何年もかかる大変なものなので、地図を書こう、と思って一発で書ける結果が出るものではない。長年の蓄積の賜物でしかあり得ない。

本当にすごいなぁ…(すごいなぁ以外出ない語彙力)

 

 

P.S. 友人から「低酸素応答なら京大が説明を出してるよ」と紹介されたので貼っておく。

ocw.kyoto-u.ac.jp