問. 下のTwitterで添付されている動画は、タイトル通りある「細胞死」の動画である。この細胞死の動画を見て、A~Cの3人が発言をしている。それぞれの発言の内容を下に示す。A~Cのそれぞれの発言内容について正誤を判定せよ。
【元となるツイートと動画】
Death of a single cell:#biology pic.twitter.com/ORggsHU1ay
— 🧠Slava Bobrov (@slava__bobrov) 2021年11月14日
【A~Dの発言】
A:これはアポトーシスという細胞死だね。
B:細胞が死ぬ時は常に一方の端から壊れていくんだね。
C:細胞死においては、常に細胞膜が最初に分解されるんだな。
答え
A~Cの発言は全て間違っています。
ここで、細胞死の基本について勉強をしましょう。そして、良い教材を見比べてその違いを学んでみましょう。
まず、細胞死には主に2種類あります。
アポトーシス(apoptosis)とネクローシス(necrosis)です。
アポトーシスは、簡単に言うと能動的な細胞の死です。
例えば、私達の手は5本の指がありますが、発生時には手は一度沢山の細胞の塊として、まるでドラえもんのような形が作られます。
そのドラえもんの手において、5本の指の間の空間に位置する細胞は、「プログラム細胞死」といってあらかじめ死が予定されていて、能動的に死んで削れていきます。そうして残ってできたのが、この5本指の手です。
このようなプログラム細胞死という現象では、細胞は「アポトーシス」という死に方をとります。他にも、がん化した細胞の自殺はアポトーシスですし、成人の体内でも恒常性維持のために毎日アポトーシスは発生しています。
アポトーシスという死に方は、ざっくり言うと、周囲に迷惑をかけない、自己完結的な死に方をするのが特徴です(後で詳しく話します)。
一方、ネクローシスは傷害死です。アポトーシスに対して、受動的な死とも捉えられます。
ネクローシスの発生は偶発的で、事故(火傷、圧力、化学物質を被るなど)が主な原因となります。
この2つは進み方が全く異なり、同じ「細胞死」といっても全く違う特徴を呈します。それぞれ見ていきましょう。
アポトーシスの特徴
アポトーシスは上でも述べたように、「周囲に迷惑をかけない」死が特徴的です。
では、細胞が「周囲に迷惑をかけ」るとはどういうことか?
例えば、細胞質(細胞膜の中身)を細胞外にばらまく、などがこれに該当します。
細胞質の中には、分解酵素をはじめ様々な物質が含まれます。これらは、正常な生細胞であるときに、ちゃんと細胞内で制御下におかれるものです。しかし、細胞の外に出て、適切な制御がなくなると、まぁ変な動きをしますよね。結果として、周囲の細胞に炎症反応を生じさせることになります。
こういうことが、アポトーシスでは生じません。すべて、自己の細胞膜内で完結させ、膜で内と外を区切ったまま、中身を崩壊させていくというのがアポトーシスの特徴です。そういう意味で、「周囲に迷惑をかけない」死です。
アポトーシスでは、大抵以下のイベントが発生します(シグナルが入ってから動くカスケードの話は置いておいて、とりあえず今回は大きめな変化のみに注目します)。
- 細胞収縮((他の細胞とくっついていた場合、剥がれ、丸っこくなっていくように見える)
- 核濃縮(クロマチン凝縮)が生じる
- 細胞膜でのブレブ形成と一層の細胞収縮(水泡のような構造が幾つも膜上に見えるようになります、膜は無傷です)
- DNA分解、核の断片化、アポトーシス小体の形成(細胞が幾つもの小胞に分割されます)
- 細胞膜表層へのホスファチジルセリンの提示(普段は膜の内側レイヤーにあります)
- 細胞骨格などの分解
- 貪食細胞による貪食
※ 上の順序は生じる順序ではなく、かつ全てのイベントが必ず生じなければアポトーシスしないわけでもありません。
このイベントを踏まえて動画を見ると、なるほどとなると思います。一度見てみましょう。
ネクローシスの特徴
ネクローシスは傷害死なので、その傷害の種類によって死に方の見た目が異なります。
例えば下の動画はネクローシスの一例なのですが……
急にふっと見えなくなりますよね。
これはNaOH添加をトリガーとするネクローシスなのですが、細胞の形が見えなくなるのは細胞膜の消失に起因します。細胞膜が壊れて、細胞質基質が外部に一気に流出しているのです。水風船を割った時を思い描くといいと思います。
実際には細胞膜破壊と細胞質流出以外に、一部細胞小器官の膨張または崩壊、細胞自体の膨張なども生じているはずです(というか、膨張によって細胞膜が壊れて……という流れになっているはず)。
傷害の原因によって見た目は変わるものの、基本的にネクローシスには細胞膜崩壊と細胞質基質流出が伴うと考えていいと個人的には思っています。もちろん当てはまらないものもありますが……
今回の動画を見てみると
これらを踏まえて今回の動画を見てみると、
- 端から段々崩壊していっている
- 細胞膜が破れて細胞質基質が流出する様子が見受けられる
というところから、アポトーシスというよりはネクローシス的な特徴を示していることがわかります。
そして、ネクローシスだとしても細胞全体の細胞膜が一気に傷害されるのではなく、「端から」進んでいることから、何かしらの傷害が端から進んでいると考えることができます。端から、ということが実現できるのは、例えば圧をかけること……カバーガラスが上から段々被さってくるなどの状況を想定することができますよね。
実際、上の動画の引用元のインスタグラムを参照すると
The cell was crushed by the coverslip due to evaporation, clearly not apoptosis.
という一文もあるので、ほぼ確実にネクローシスでしょう。
A~Dの発言を振り返ります。
【A~Dの発言】
A:これはアポトーシスという細胞死だね。
→間違い。ネクローシスである可能性が高く、アポトーシスである可能性は低い。
B:細胞が死ぬ時は常に一方の端から壊れていくんだね。
→間違い。ネクローシスの場合、一方の端から壊れていくときももちろんあるが、それは常ではない。アポトーシスでは一端から崩壊していく様子は見られない。
C:細胞死においては、常に細胞膜が最初に分解されるんだな。
→間違い。細胞膜分解(崩壊)は「最初」だとは決まっていない。アポトーシスの場合これは生じない。
とはいえ、細胞死は奥が深く、未だにどういうメカニズムでそれが生じるのかわからないことがあったり、無秩序に見えて実は秩序があったりと、色々と発見が続いている分野でもあります。
また、上ではカスパーゼの話などの分子的な面白い話もしていませんし、ネクロプトーシスやオートファジーといったもうちょっと踏み込んだ話も一切していません。あくまで今回はアポトーシスとネクローシスを見分ける、という主題でブログを書こうかなと思い、このような形にしました。より詳しく知りたい方は、幾らでも資料がネットや本にあるのでぜひ探してみてください。