あいまいまいんの生物学

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まいばいお32 ウイルスは「使える」

ウイルスは「使える」!!!!

皆さんはウイルスにどんなイメージを持っているでしょうか。

コロナウイルス」、「インフルエンザウイルス」などの言葉を頻繁に耳にするため、「ウイルス=病気、悪いもの」というマイナスイメージを持つ人も多いのではないでしょうか。

 

しかし!現代の生物学では、ウイルスは大変重要なツール(道具)になっています。

ウイルスというツールがなければできない実験も沢山あり、ウイルスは大いに役に立っています。

それどころか最近では、ウイルスは私達の身体を治す医療行為としても使われ始めています。

ウイルスは「使える」。今回はそれを学んでいきましょう。

 

ウイルスに何ができるのか

ウイルスは、タンパク質の殻に核酸(DNAまたはRNA)が入った構造を基本とする物質です。

単純な構造ゆえに、ウイルスは自身のみで子孫を増やす(コピーを作る)ことができません。

ウイルスが子孫を増やすには、核酸を複製する仕組み、タンパク質を合成する仕組みを備えている「細胞」構造が必要です。

よってウイルスは、生物がもつ細胞に感染し、自身の核酸を注入することで、遺伝情報を基に大量のタンパク質と核酸を複製させて子孫を作ります。

 

ウイルスはどんな細胞にでも入り込めるわけではなく、自身がもつ殻の表層タンパク質を受容する細胞膜構造があるもののみに入ります。

そのため、感染する生物種や細胞種はウイルスごとに異なります。

 

上の性質をまとめると、ウイルスという物質は

①特定の細胞に

②自身がもつ核酸(遺伝情報)を届けることができる

という能力をもつことになります。

届け先の細胞においては、以下のようなイベントが期待できます。

  • 届いた遺伝情報に基づいたタンパク質の発現
  • 届いた遺伝子が宿主DNAに組み込まれることで生じる、恒常的なタンパク質の発現
  • 届いた遺伝子がもともとあった遺伝子を分断するように組み込まれることで生じる、分断された遺伝子の機能喪失(有害な遺伝子の機能を止める、などの活用)

病原性があるウイルスはツールとして使えませんが、病原性をなくし適切に設計されたウイルスであれば、目的の細胞の遺伝子やタンパク質をいじることができます。

ウイルスは遺伝子の「運び屋(ベクター)」として、大変有用なツールなのです。

 

「ウイルスを使わずに運ぶ方法はないの?」と思う人もいるかもしれません。

実際は他の方法も試されています。例えば、膜で包んでみるとか、タンパク質にくっつけてみるとか、核酸に飾りをつけてみるとか……

しかし生体において、DNAやRNAを無傷のまま狙った細胞にだけ届ける……というのはかなり至難の技なのです。それを核まで届けるとなると、難易度が更に上がります。

工夫なしに裸のDNAを血管に入れれば、DNAは分解酵素でバラバラにされてしまいます。

ウイルスは長い年月をかけて自身の遺伝子の「運び屋」をしてきた分、洗練された仕組みを持っているとも言えるでしょう。

 

どんなウイルスが使われるの?

研究の場で使われるウイルスにはどのような種類があるのでしょう。

代表例として、アデノウイルス、レトロウイルス、レンチウイルス、アデノ随伴ウイルスなどが挙げられます。

ウイルスごとに細胞傷害性、発現期間(どれだけ発現を維持できるか)、感染する細胞の種類、運べる遺伝子の長さ等、特徴が異なります。

ウイルスの大きさも異なるので、密な臓器の中で奥深くまで届けたいなら小さいものを選ぼう、とか、

ウイルスによっては最初に打ち込まれたところにばかり感染してしまうものとそうでないもの(綺麗に分散してくれるもの)があるので、そこも考慮して……

そんな風に、様々な特性とパラメータをもつウイルスの中から、目的に合わせて適切なベクターを選ぶことが重要です。作りやすさ、扱いやすさも勿論問題になりますね。

 

例えばアデノウイルスは細胞傷害性があり、様々な細胞に感染しますが、

レトロウイルスは傷害性がないものの分裂細胞にしか感染できません。

近年よく使われているアデノ随伴ウイルス(AAV)は、細胞傷害性がなく、発現期間が長く、様々な細胞で発現できますが、運べる遺伝子の長さは短めです(4.7kb)。

 

狙った細胞種のみにうまく感染させたり、ある特定器官の細胞に効率的に感染させたりするために、様々な種類のウイルスが自然界から探索されたり、変異によって作られたりしています。

AAVを例にとると、自然界だけでもAAV1~AAV10など多数種類があり、どれも感染細胞などの特性が異なります。

 

ウイルスを研究に

研究の場でウイルスを使う方法はいくらでもありますが、わかりやすくするために具体例を一つ考えてみましょう。

 

例えば、「バランスをとるには小脳でA遺伝子が発現していることが大事だ」と仮説を立てたとします。

手元にはA遺伝子を全身で欠損している平衡感覚のないマウスがいます。

どういうウイルスベクターの活用をすれば、仮説を検証できるでしょうか。

 

この場合、小脳だけに感染するA遺伝子をもたせたウイルスベクターを設計・感染させます。その上でバランスが改善されたかどうかを見ると、仮説の検証ができますね。

勿論、正常なマウスを用意して、「小脳のみに感染し、かつB遺伝子を組み込んでA遺伝子を分断する」ウイルスを感染させるアプローチもできます。

 

このように、遺伝子の機能、遺伝子の発現の様子等、様々なことが従来よりも簡単に・細かく調べることができます。

ウイルスを医薬品に

AAVをベクターとした遺伝子治療薬も既に承認を受け、販売されています。

具体例としてゾルゲンスマとラクスターナという薬が挙げられます。

 

ゾルゲンスマは脊髄性筋萎縮症の治療薬です。

脊髄性筋萎縮症は、先天性の遺伝子疾患です。運動神経を生存させるための遺伝子SMN遺伝子に異常があると、成長に伴い筋力低下や筋萎縮が進行していき生存が難しくなります。

SMN遺伝子は常染色体上にあり、機能損失型の遺伝子は劣性であるため、2つの常染色体のどちらにも変異遺伝子が乗ると発症します。ということは、正常なSMN遺伝子が1つでもあれば、発症を防げる病気です。

 

ゾルゲンスマは、AAV9ベクターに正常なSMN遺伝子を持たせたもので、これを静脈注射することで運動神経等に正常SMN遺伝子を運びます。

正常SMN遺伝子が正しく導入されると、患者においてSMNタンパク質が発現するようになり、脊髄性筋委縮症が治せるのです。

 

脊髄性筋萎縮症は今まで根本的な治療法がない病気でしたが、このようにウイルスベクターを用いた遺伝子治療が可能になったことで希望が見えるようになりました。

 

ウイルスは「使える」ということが少しでもわかってもらえたでしょうか。

ウイルスは今後一層、「使える」ツールになっていき、私達にも身近なツール化していくことでしょう。

悪いやつ、と先入観を持たず、どう使えるか考えるという視点も、大切なのかもしれません。