あいまいまいんの生物学

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まいばいお8 合成生物

 

 

✿Total synthesis of Escherichia coli

2019年5月、「Total synthesis of Escherichia coli with a recoded genome」というタイトルの論文がNatureに掲載されました。

www.nature.com

 

直訳すれば、「ゲノム再コードによる大腸菌の完全合成」…

とても強気なタイトルです。

一体どんな研究で、何が行われたのでしょうか?

 

✿自然界では64個のコドンを使ってタンパク質を作っている

私たちが持つ遺伝情報DNAは、A, T, G, Cというたった4つの塩基から構成される塩基配列というものを持っています。

特に「遺伝子」と呼ばれる領域の塩基配列は「どの種類のアミノ酸をどの順番で並べてタンパク質にするか」という情報を持ち、

ここでは3つの塩基の並び(コドン)が1つのアミノ酸を指定するようになっています。

4種類の塩基が作り出す3つの塩基の並びは43 = 64種類ですので、コドンも64種類。

タンパク質合成に使われるアミノ酸は20種類ですから、重複して同じアミノ酸を指定するコドンや同じ意味を持つコドンがあるという風になっています。

File:Codon-Sonne Aminosäurenamen deutsch.svg

f:id:I_my_mine:20220222144548p:plain

CC0

しかし、この「重複」は本当に必要なのでしょうか?

64種類全てのコドンを使わなくても、生物体は論理上生きられそうなものです。

 

 

✿一見「無駄」なものを省いても生物は生物か?

最近ではDNA合成技術や編集技術が安価かつ容易に実行できる環境が整ってきました。

ですから現在ゲノム合成によって生物体を理解しようという新たな研究領域が盛んになってきています。

この分野の先駆者たちによる研究の1つに、生物のゲノムサイズを小さくするというものがあります。

彼らは「ゲノム中にある一見無駄な配列を除いでゲノムを今よりコンパクトにできないか」と考え、コンピュータを用いてゲノム断片を再設計し、化学的に断片を合成、

それらを組み立てるアプローチで、M.mycoidesのゲノムサイズを約50%縮小することに成功しました。

 

今回の研究者であるフレデンスらは、ゲノムの無駄を考えるのではなく、

「コドンの無駄を省いても生物は運営されるのか?」を考えました。

64個のコドンを全て使わなくても、一生物が合成されることは可能であると示すために、大腸菌のゲノムを人工的に合成したのです。

 

彼らが今回減らそうとしたのは、セリンを指定する2つのコドンと1つの終止コドン(TAG)。

これにより、計61個のコドンしか使わない大腸菌ゲノムを作ろうと考えました。

変換対象となるコドン数は18,214個で、合成しなければいけないゲノムは400万塩基対という大きさです。

 

彼らはまずコンピュータを用いてDNAを設計、化学的に断片の合成を行いました。

作った断片は、S.cerevisiaeがもつベクター(小型の環状DNAで、細胞体同士でやりとりができる)に組み込み、これを大腸菌に与えました。

大腸菌では、与えられたこれらのベクターに含まれる塩基配列が、ゲノムの等価な自然領域に直接組み込まれます。

このプロセスを五回繰り返すと、50万塩基のDNA断片が合成DNAに置き換わりました。

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A~Hの8株の大腸菌がこの方法で生産され、各株はゲノムの異なる領域をカバーする合成DNA断片を含んでいる状態になったため、

これらの切片を組み合わせて完全合成ゲノムが作られました。

 

作られた完全合成ゲノムをもつ菌株は生存可能であることが証明され、

天然のものよりもやや弱いながらも、典型的な実験条件の範囲で増殖することができることが分かりました。

つまり生物は、コドン数を減らされても生きられるということなのですね…。

 

✿この研究の先にあるものは

そもそもなぜこんなことをしたのか?

 

1つは勿論単純に、コドン数を減らしても生物が生物として成立するか、という興味でしょう。

 

しかしもう1つ実は目的があります。

今回合成された菌では、終止コドンTAGまたは二つのセリンコドンTCGおよびTCAをもはや使用していません。

ということは、これらを認識する細胞機構は、細胞内に残ってはいるけれどもはやいらない存在です。

 

この空いた枠に、例えば非標準アミノ酸―天然で使用される20種類以上にこの世界に存在するアミノ酸―を再割り当てすることができる可能性があり、

もしこれが可能であれば非標準アミノ酸を所望の配列位置にコードさせることが人の手によってできてしまいます。

そのように合成された「天然では作られ得ないタンパク質」は、

本来自然界では関与しないような化学反応を触媒するものになったり、

生命体の中でも今まで起こらなかった反応を起こし生物体に新たな能力や働き・形質を与える可能性もあるでしょう。

つまりは「人が所望する能力を持つ生物を作り出す」ということが目的なのです。

 

また、非標準アミノ酸が再割り当てされたコドンを持つ生物は、既存のウイルスに感染しなくなります。

なぜならウイルスは現在の64個のコドンとアミノ酸の対応を基に自身を設計するための遺伝情報を持っており、

それをコドンによる指定物が違う合成生物に注入したところで目的のタンパク質が合成されてこないからです。

つまり合成されたコドン再割り当て生物は病原菌感染に対して勝手に強力なバリアを持つのと同じ状態になるわけです。

 

更に、非標準アミノ酸が与えられている人工環境下でなければ生育できない細菌、というものも作れるでしょう。

つまりは人間が細菌の生きる場所、死ぬ場所を局所的に管理できるような

そんな生物を作り出せる可能性があるわけです。