読了しました。
時間の分子生物学 ~時計と睡眠の遺伝子~ 粂和彦 著
内容としては、大まかに言うと
生物時計の話と睡眠の話です。
生物時計というのは生物に内在する時を刻む機構です。
大抵の生物は同じ遺伝子、つまり同じタンパク質で時を刻む機構を作っています。
具体的に言うと、タンパク質の濃度の周期的変化が生物時計を生み出していると考えられています。
この機構のおかげで私たちは一日周期で変化する身体のさまざまな機能を制御し、
的確なタイミングで的確な行動が起こせるようになっているという話・・・。
生物時計については大学時代の勉強で知っていました(植物の生物時計について学びました)。
正直大学で聞いたときには、「なるほど」と思っただけで
それ以上の感動もなく・・・
むしろ「タンパク質の周期的な濃度変化だけで制御されているなんて危ういなぁ・・・」とか
「この部品だけで本当に足りているのか・・・?この結果は怪しくないか・・・」とか
そんな懐疑的な目で見ていたものです。
本著では、その周期的変化はタンパク質合成とフィードバック制御のラグ(lag)によって作られているものだと説明がありました。
なんだか改めて落ち着いて俯瞰してみると、上手く説明されている気もします(危ういという感覚は変わりませんが。)
多分タンパク質合成とフィードバック制御という物が24時間周期でゆるやかに変動していくものであるという話についていけないだけなのだと思います。そんなにゆっくりかしら、と思ってしまうもので。生物の分子の時間感覚についていけてないだけですね。
その他にも中々興味深い内容が多く記されていました。
・SCNを構成する細胞一つ一つが時を刻むが、同調のしくみが備わっている。
それにより、一部が壊れても残り大多数で正しい時間を刻むことができる。
多くが新たなリズムに修正されれば時刻修正も可能である。
・ヒトの生物時計は24時間10分程度である(25時間説は嘘)
・ヒトは起床予定時間の1時間前からコルチゾールの血中濃度が上昇することが研究によって明らかになった。起床時間をずらした場合でもそうなる。つまり脳は睡眠中に起床用の準備をする。
更にこの結果は、「意思」が内分泌系を制御することを示している(普通は意識で制御できない)
・ショウジョウバエではピリオド、タイムレス、クロック、サイクルという4つの遺伝子が働いて生物時計を作っている。
・ショウジョウバエでも睡眠に似た行動が存在する。
・サイクル遺伝子に異常を持つショウジョウバエは、断眠に弱くなる。眠らせないと死んでしまう。
・脳では覚醒維持の中枢、ノンレム睡眠の中枢、レム睡眠の中枢の3つの部位が別々に存在する。それぞれのオン・オフが切り替わって状態が変わるイメージ(どれかがオンに必ずなる。麻酔などは全てオフの状態)。ハエの睡眠は恐らく覚醒か否か、の1つの制御しかない。
・ドーパミンは過剰にあると不眠状態、減ると過眠状態を引き起こす。
・睡眠段階は脳波によって分かる。
覚醒時:β波の不規則出現
目を瞑る:α波(規則正しい波)の出現
段階1ノンレム:θ波の出現
段階2ノンレム:スピンドルとK複合体の出現
段階3ノンレム:2Hz以下のδ波20-50%
段階4ノンレム:δ波50%以上
レム:鋸歯状波、速波、急速眼球運動
・断眠が最も影響を与えるのは免疫系。
・ノンレム後にレムというセットなので、レム単体のみの観察は不能。
しかし、レムだけ取り除くようにすると、ノンレムからレムへの移行時間が短くなり、睡眠直後のレムが生じるようになる。
・目を開いたままでも睡眠はできる。睡眠負債が溜まったときなど。
・昼寝は15~30分が良い。覚醒に時間がかかるようになるから。
・レム睡眠時の脳は、活動する神経細胞数が覚醒時よりも多いが、細胞同士の繋がりは弱く、不規則活動状態になっている。抑制が外れている状態であると言える。
・レム睡眠を強く障害すると、学習効果が弱まる。レム睡眠時、学習したことを神経細胞の発火が復習していることが分かった。
・オレキシンは食欲推進のホルモンであるが、この物質の入力に異常があるとカタレプシーになることが分かった。オレキシンは覚醒を促進し、睡眠を減らす。オレキシンは日内変動しており、恐らくオレキシンは覚醒状態を創り出す鍵の物質である。量が増えることで食欲を促進し、食べ物を摂らせ、食べ物が採れればオレキシンは減り、覚醒状態を薄めることで睡眠状態に移行させる。つまり、睡眠と餌探索の二つの行動をオレキシン一つが制御している。
新たな知識といえばこんな感じでした。
他にも、研究の過程が詳しく書いてあり、中々面白いです。
特にオレキシンの話や、ショウジョウバエの「不眠」が見つかった話などは面白かったです。オレキシンの話なんかはリバースジェネティクスとフォワードジェネティクスがぴったり別々の場所からぶつかりあったようで。科学ではよくそんな「出来すぎた偶然」の話を聞きますが、起きるべくして起きているような気もしますよね。
文体も平易で非常に読みやすく、興味深い内容でした。
想像しやすい作りなのではないでしょうか。