あいまいまいんの生物学

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2022年度東京大学入試問題 生物所感

前期終わりましたね!受験生の皆さんはお疲れさまでした。

待ちに待った東大の問題が出ましたので、今年も楽しく解かせていただきました。

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毎年恒例&誰が見ているかは全くもって謎ですが、今年もしっかり所感を書き留めていこうと思います!

 

 

概要

大問数は例年通り3問。

論述をちょっと多めにやらされたような気がしました!気の所為かもしれない。

言うて毎年記述はあるし、そんなに変動ないよねぇ……。

 

東大はここのところ最近、非常に教訓的というか、社会的なメッセージを含む問題を作っている気がしたのですが、

今年の問題は生物学の範疇に収まっている気がしました。

勿論題材はめちゃくちゃおもしろい&リアルな生物学の研究世界を反映していてとても良かったです!問題の中でのストーリーや持っていき方、オチの付け方は完璧でした。そこは例年と変わらず素晴らしいクオリティ。ドキドキ・ワクワクでいっぱいの問題です。

なので別に、社会的メッセージが必要かどうかと言われれば、まぁ無くても全然問題ないのですが。一応違った点、ということで書き留めておきます。

 

分野横断的、文章読みやすい、バチッと答えが決まる、美しいストーリー構成の問題です。東大は本当にすごいなと思います。よくこのクオリティを保てるよね。尊敬。例年と比べると少々劣るというか、違う?気もしますが……他大学に比べたら圧倒的に綺麗ですよ。

 

個人的には、問題は例年よりもシンプルで易しい……?気がしました。でも河合塾は難化って言ってるみたいです。そうかなぁ。とっつきにくいものはなかったけどな。

 

各大問ごとの所感

第1問

使う知識は、目の構造と仕組み、神経、動物の環境応答(条件付けなどの学習と生得的行動)、生体膜を介した輸送、エネルギーあたりかな?

オプトジェネティクスを活用した実験を追っていって、考察を重ねることで記憶に迫る問題です!

Ⅰ チャネルロドプシンの神経への活用と恐怖記憶

チャネルロドプシンを使ったオプトジェネティクス、生物の研究界隈では盛んな分野です。

光を使って特定の神経細胞を活性化させられる……ということを可能にしたのがチャネルロドプシンですが、私も初めてこの技術を知ったときには、そんなことができるんだ!すごい!!と大変感動致しました。

高校生物だと視覚の分野でロドプシンを勉強しますが、チャネルロドプシンとその活用については意図的に話題に触れないと授業では出てこない内容です。

まぁ、東大を受けるような人であれば模試や問題を解いている時すでに出会っている可能性が高いですが……。

 

問題のメインとなる実験は、マウスを特定の部屋に入れて電気ショックを与える……というものです。

ショックを与えられたのと同様の部屋だと、マウスは恐怖記憶のためすくみ行動を起こします。異なる部屋だと起きません。

ここでオプトジェネティクスと合成生物学を導入します。マウスの神経細胞が興奮したとき、かつある特定薬剤があったとき、その細胞でチャネルロドプシンが発現するような仕組みを作るのです。

こうすることで、最初電気ショックを与える際に薬剤があれば、恐怖記憶形成に必要な神経細胞においてチャネルロドプシンが発現し、

その後異なる部屋において青色光を当ててやると、恐怖記憶形成の神経細胞たちが発火して、本来生じなかったすくみ行動が発生するようになる……という話です。

 

Aは普通の適語補充問題、Bはポンプの機能の記述、Cはチャネルロドプシン発現神経細胞に青色光を当てるとどうなるの記述、Dは古典的条件づけに関する問題……と、最初は普通の問いが続きます。その次からが実験内容的問題です。

Eはチャネルロドプシン発現がいつ誘導されたのかを答える問題。

Fは「異なる部屋」ですくみ行動をした理由を説明。

Gはある薬剤曝露なしで青色光を照射したマウスが示すすくみ行動の予測。

Hは更に異なる部屋で薬剤曝露・青色光照射したらどうなるかを述べさせます。

非常にストレートな問題が続きますね!何も難しくありません。

ところがIでは、急に毛色が変わります。

「限られた数の細胞で」「膨大な数の記憶」を担うためには、海馬領域神経細胞がどのような組み合わせ戦略で記憶を保持するのか……というのを考えさせるのです。問題の見た目が急に変わったので、ちょっとびっくりしました。

でもこれがちゃんとオチのための伏線になっているんですわ!!!

 

Ⅱ 海馬における場所細胞の働き

Ⅱでは最初、海馬において空間認識の役割を担う「場所細胞」が発見されているという話が紹介されます。

場所細胞にて空間記憶が形成された後だと、マウスの滞在位置に応じて各神経細胞で異なる活動頻度が見られる……ということで、その様子が示されます。

突然空間の話になるんだな~、と思いながら読み進めるわけです。場所細胞も面白い話だからね。

 

Jはミツバチの生得的行動の知識問題。

Kは示された資料について、場所細胞の活動頻度とどの場所が対応しているか、という読解問題。

なんか普通の問題が続くな~……と思っていたらラストの問題Lはなんとこう来ます。

Ⅰで異なる部屋にいれて恐怖記憶の神経細胞を発火させても、本来よりもすくまなかったのはなんで?

実は、Ⅰでは説明を省いたのですが、

電気ショックを受けた部屋と同じ部屋にマウス入れた時より、

違う部屋でチャネルロドプシンを使って恐怖記憶を想起させたマウスの方が、すくみ行動の時間が少ないのです。それが、Ⅰで最初に与えられるグラフの時点で明らかになっているんですね。

「へ~、少ないんだ~、まぁ無理やりやってるしねぇ」なんて雰囲気で考えて納得して進めていくはずの場所ですが、そこを雰囲気で納得しちゃだめだ!と言わんばかりに問題として出してくるんですね。恐ろしいツッコミ能力だ。

しかも、それを考えるのに必要なカギは、言われてみれば確かに「空間」なんですよ。だって、すくみの差が見られる時、神経細胞は同じものが発火していて、違うのは「空間」なんだもの……。

なるほど、そんなオチの付け方があるのか、こんな持っていき方があるのか……とかなり衝撃的でした。訳も分からず引っ張られていったら、今までの全てが伏線で、最後全てを回収していくサプライズパーティーに突然足を踏み入れたような感覚です(なにそれ?)。

作問センスが光りすぎなのよ……。

 

いやはや、素晴らしい問題構成でした。

 

ちなみに、オプトジェネティクスも恐怖記憶も今でもめちゃくちゃ研究されてる分野ですね。

恐怖記憶って、PTSD(ある条件があると恐怖がフラッシュバックしちゃう)とかと繋がるので、PTSD克服のためには恐怖記憶の研究って欠かせないんですよ。

オプトジェネティクスを使って、恐怖記憶を快楽記憶に塗り替えるとか、消すとか、そういう実験も取り組まれてたりします。そもそも記憶ってどうやって保持されてるの?というのも、勿論未だに未解明で盛んに研究される分野ですよね。

興味を持って調べるきっかけになりそうな、良い題材だと思いました。

 

 

第2問

使う知識は光合成代謝酵素、植物ホルモン(なくてもいけるか)、共生説、生体を構成する化学物質、細胞膜あたりでしょうか。

光合成生物をテーマに、意外なところに着地する問題です!

Ⅰ 昼夜で変わる光合成生物の生存戦略

光合成生物、と聞くとどうしたって静的なイメージがありますが、この問題では光合成生物のめちゃくちゃ動的なところを扱います。

 

そもそも、1日の中には明るい時間と暗い時間があります。

日光量が全然違うのに、光合成生物が常に一定で、同じ体機能を備え、同じ反応をしている……わけがないですよね。だって、夜に光合成周りの酵素を作るのとか、光合成周りの反応を動かすのとか、頑張っても意味ないもの。

ということで実際の光合成生物の中では、昼と夜とで自分の体内の状態を最適化できるように色々調整してるんですよ!戦略とってるんですよ!というのがこの文章のメインの内容です。

問題と並走して行われる実験では、「こんなに昼夜切り替えが大事なんだ!生存に効くんだ!」というのを思い知らされます。なかなか衝撃的ですよ。

 

Aは同化異化の知識問題。

Bは異なる環境にいるそれぞれのCAM植物とその生活に対して適する文章を選ぶもの(これはちょっとよく分からなかった……)。

Cはルビスコが活性化されているときに光合成速度を低下させる要因を挙げる、というもの。

D、Eが実験結果の解釈、

Fがある機構に関してどのような利点があるかを考えるというもの。

ということで、ちょっとウッとなる問題もありますが、基本的にはそこまで捻りのない問題です!

情けないことにBとCはちょっとよくわからないな、という感じでした。Bは本当に答えがわからないし、Cは何を求められているのかがよくわからず……。精進が必要ですね。

 

Ⅱ シアノバクテリアの脂質

共生説から話がスタートし、シアノバクテリア葉緑体では膜を構成する脂質に類似性がある―特にリン脂質ではなく、糖脂質を主成分としている、ということが述べられます。

なぜ糖脂質がメインなのか?これは、貧リン環境への適応が端緒だったのではないか、と話は続き、このように考えられる理由や裏付けが幾つか紹介されます。

貧リン環境で糖脂質をメインにする、という発想はとてもおもしろく、また、普段良く知っているような気がする葉緑体を基にこういうことを紹介されると、一気に興味が掻きたてられますね。

 

Gは共生説の関連記述を選ぶ知識問題。

Hは記述を基に、脂質生合成に関わる酵素について分子系統樹を予測する問題。

Iは貧リン環境で糖脂質主成分の膜を作る利点を述べる問題。

そしてラストJが、糖脂質としてモノガラクトシルジアシルグリセロールではなくジガラクトシルジアシルグリセロールなのはなぜか?を構造的に考えさせる問題です。

貧リン環境と糖脂質という絡みを考えるだけでなく、まさかそこから構造の問題に発展するとは!面白い展開の仕方でした。考えさせられ、論理的に導けるのですっきりします。

結局、ⅠもⅡもどちらも環境への応答と適応、ということで、光合成生物は色んな環境条件を受け取って、対応して、うまいこと有限の資源をやりくりしてるんだな……ということをしみじみと感じさせられる問題でした。良き。

こういうダイナミックな動きに心惹かれて、研究したい!って思える人も出てくるのかもしれません。視野を広げてくれるよね。

 

 

第3問

使う知識は、発生、エンドサイトーシス、DNAの化学的性質、強いて言うなら抗体……かな?案外知識要らない、コンパクトな問題な気が。

ノッチシグナルの解明という大テーマで問題が進みます。

Ⅰ ノッチシグナルの伝達とエンドサイトーシス

最初にノッチシグナルというシグナル伝達経路が丁寧に説明されます。ノッチシグナル、生物やってればまぁ知ってるわよね。

で、その機構をより明らかにするために、実験系を組んでやってみたり、ノッチシグナルの伝達にはエンドサイトーシスが絡んでるのかな~って実験してみたりする、という流れです。

問題文や理解しなければならない土台はちょい長めなんですが、とはいえ割とすっきりしていて、混沌とはしていません。すんごい綺麗に結果出てくるな~、と感心するほどです。実験の組み方が上手ね。

 

Aが発生の基本知識の記述。

Bはエンドサイトーシスの説明記述。

C, Dは実験結果解釈です。

 

Ⅱ ノッチシグナルの張力依存性仮説

Ⅱでは更にノッチシグナルの伝達制御に突っ込んでいきます。ここでの主題は「張力」です。エンドサイトーシスで生じる張力が必要じゃん?って実験を組みます。

その時使うのがなんとDNA鎖なんですね。え、DNAって遺伝情報でしょ?……いやいや、時代はDNAを折り紙にして輸送体にもするし、ロボットにもするし、USBみたいな記憶媒体にもする時代っすわ。張力センサーとしても使えちゃうってワケ!

こういう、DNAを都合の良い物質として扱って使いこなす実験って、すごいなぁって毎回思います。自分では思いつかないもんね。発想がさ……切り替わらないのよ。

 

EとFはDNA鎖の張力に関して「わかってる?」って確かめる問題。

Gは実験解釈で、

ラストのHは総まとめ、「ノッチシグナルの張力依存性仮説」の内容を説明するっていうやつです。まぁそりゃあね。

それにしたって、ノッチシグナル一本で攻めるとはなんとニッチな作問でしょう。こんなにニッチなのに展開がちゃんとあって、探究しているような面白さが体験できるのがすごいよなぁ。

 

 

総評

今年も文句なく素晴らしく、面白く、ワクワクする問題でした。

やっぱりちょっと広がり方が以前より狭い気もするけれど、それでも十分展開は面白い……し、こう繋がるのか、こう持ってくるのか、という意外性が強いですね。いや、本当にすごいです。

毎年言ってますが、本気で一度でいいから東大の作問会議に参加するか東大の作問してる人に話を聞いてみたいです。どうやったらこういう問題ができるの?ノウハウを教えてほしい……!!!!!!!

 

 

ということで、今年も楽しませていただきました。東大の作問者の方々、ありがとうございました。