血縁度の話に入る前に
高校生物では生態系の分野で「社会性昆虫」やヘルパーについて学びます。
社会性昆虫というのは、同種血縁個体が密に集まって集団で生活する(=コロニーを形成する)昆虫を指す言葉です。コロニー内では分業がなされており、一部の個体のみが生殖を担って、それ以外の大部分の個体は兄弟姉妹を育てることや守ることに専念をするという形をとっています。
一方ヘルパーというのは、親ではないのに他者の子の世話を行う個体を指す言葉です。ヘルパーは血縁ヘルパー型と非血縁ヘルパー型がありますが、血縁ヘルパー型の場合は自分の親が産んだ個体、すなわち兄弟姉妹の子育てを手伝うタイプを指します。
以前の世界では、「生物は種の存続のために子を産んでこそ価値がある」という概念がありました。このような考えのもと提案された指標を「適応度」といいます。適応度は、ある個体が産んだ子供のうち、生殖可能年齢まで生き残る子の数のことです。
しかしもし、「子を産むことができる」=価値があるだとすると、ヘルパーや社会性昆虫の存在は全く説明がつかなくなってしまいます。何故なら彼らは適応度で考えた場合、単純に自分で子を産むより低く……社会性昆虫のワーカーの場合は適応度0になってしまう(自分は子を産まないため)からです。
この矛盾を解決するために出てくるのが「包括適応度」という考え方です。包括適応度とは、特定の遺伝子をどれだけ次世代に残せるかまでを含めて考える適応度のことです。この指標は、「生物が生きる価値とは、自身が持つものと同じDNAを残すことである」と考える故に出るものです。そのため、包括適応度の概念では、血縁度が高い個体……すなわち、同じ遺伝子を持つ可能性が高い個体を手助けすることは、自身の遺伝子を残すという意味で価値があることであると見做されます。
そんなわけで、血縁度を計算できないと包括適応度を測れないわけですが、この血縁度計算を教えるのが中々難しい、と個人的には思っています。
割と苦労しつつ、なんとか形になってきた感があるので、誰かの助けになれば&何かアドバイスが貰えればと思い、自分の実践・やり方を公開してみたいと思います。
血縁度とは
そもそも血縁度とは、2個体が共通祖先に由来する特定の遺伝子を共にもつ確率のことです。
血縁度をぼんやり求めていくだけでは何をしているんだか分からなくなってしまうので、授業をする際には最初に、「ヘルパーや社会性昆虫について、血縁度を基に『自分が持つ遺伝子』をどう残していけるかを考えていくよ」と生徒に確認しておきます。
二倍体で例示しながら血縁度の求め方を教える
最初の例題として、「二倍体において、子から見た母との血縁度を求めよ」という問題を提示し、生徒と共に解いてみます。ここからは私の個人的なやり方になっているので、間違っていたら教えてください。
血縁度を求める時は、まず家系図を書くところから始めます。今回は最初の例題なので、理解のために染色体のイメージ図(親から子に相同染色体の一本ずつが伝わる)も提示しておきます。染色体の図を描きましたが、考えるべきは遺伝子についてです。染色体に乗っかって、ある遺伝子が動いている軌跡をここから考えていくことを強調しておくのが良いかと思われます*1。
次に、この家系図において、今回誰から見た誰の血縁度を出したいのか=スタートとゴールを設定します。今回なら「子から見た母」の血縁度を出すので、スタートが子でゴールが母です。
スタートとゴールが決まったら、その間を共通遺伝子が辿るルートを見つけて矢印で繋ぎます。今回は子と母の間なのであまり気にならないかもしれませんが、もっと大きな家系図を使う場合は、共通遺伝子が二人に渡される元となる祖先まで辿ってから、折り返してゴールを目指すように矢印を書いていきます。
ここまで書いたら、矢印を一世代ごと、スタートから始めて辿りながら、各世代について血縁度を出していきます。血縁度を出す時は、スタート側でたまたま掴んだある遺伝子(染色体)がゴール側と共通である確率、という視点で考えます。すると、二倍体の場合は、子においてたまたま掴んだ遺伝子は、母由来のものか父由来のものの2つに1つであり、母由来のものを掴んだ場合は必ず母と共有しています。よって子から見た母の血縁度は1/2であると算出できます。
これで「二倍体において、子から見た母との血縁度は1/2である」ということが求められました。
この例題を通して、一応の血縁度の求め方の説明をしたことになります。
もう一度確認すると、二個体間の血縁度を計算する時は
- 家系図を書く
- スタートとゴールを決める
- 共通遺伝子が来る元の祖先まで遡り、二個体を繋ぐルートを見つける
- ルートを辿りながら一代ずつの血縁度を計算していく(向きに注意!)
という流れでやります。
ここまで説明したら、まずは生徒に「二倍体において、母から見た子との血縁度を求めよ」という問題を出題して自力で解かせてみます。
恐らくすんなり1/2と出るでしょう。ここから、「自分で子を産んだ場合、自分と子供との血縁度は1/2である」ということが判明します。
二倍体でヘルパーが出現する意義を考える
さて、今回そもそも血縁度を出そうとしている理由は、「ヘルパーや社会性昆虫のワーカーがなぜ発生するか」を理解するためでした。ですから次はヘルパーの意義を理解するために、「二倍体において、子から見た兄弟姉妹との血縁度」を出してみることにします。
やり方は上で説明したものと全く同じです。
家系図を書き、スタートとゴールを決め、
二個体間で共通遺伝子が辿るルートを矢印で書き込みます。
今回は、母からの遺伝子を共有する場合と、父からの遺伝子を共有する場合があるので、ルートが二つ作れます。
まずは母ルートでの血縁度を計算してみます。
次に父ルートを計算。
母から得た遺伝子が共通である確率と、父から得た遺伝子が共通である確率は独立の関係ですので、足し算をすれば兄弟間の血縁度が出ます。
ということで、「二倍体において、子から見た兄弟姉妹との血縁度」は1/2となりました。
つまり、自分で子を産む場合、自身と子の血縁度は1/2、
自分の兄弟を助ける場合も、自身と兄弟の血縁度は1/2で、
自分にとっては血縁度の視点で考えた時、子も兄弟どちらを育てても同じ価値があるということが分かります。
よって、ヘルパーという存在が出現するという説明になるわけです。
ここまでの理解が正しくできているかの確認も兼ねて、自身といとこの間の血縁度を計算させてみると良いかと思います。家系図は提示してあげる方がよいと思います(いとこの立ち位置が分かっていない人がいるので……)
ちなみにこの場合、ルートは子→父→祖母→叔母or叔父→いとこ と 子→父→祖父→叔母or叔父→いとこ の2つがあり、血縁度は1/8になるはずです。
ミツバチ社会のワーカーを血縁度から説明する
上までの説明で、2倍体生物におけるヘルパーの意義は分かったので、次はいよいよ社会性昆虫に切り込みます。
社会性昆虫の中でも今回はミツバチを例にとります。
ミツバチは、2倍体がメス、1倍体がオスになるような性決定様式をとります。女王のみが生殖を行い、未受精卵が孵化すると1倍体であるためオスに、オスとの受精卵が孵化すると2倍体であるためメスになるようになっています。
ミツバチの巣でワーカーとなるのは全てメスで、ワーカーは兄弟姉妹の育成を手助けし、自身は生殖を行いません。このワーカーの意義を説明するべく、血縁度を考えていきます。
まずは、メスが自身の子(メス)を産んだ時の血縁度を出してみます。女王もワーカーも同じメスで、染色体数的には一緒なので、下の図では女王から見た子の血縁度になっています。
ここから、メスが自分で子を産んだ場合、自分の子との血縁度は1/2だと分かります。
では次に、自分から見た姉妹との血縁度を計算してみます。父は共通であるとします。
共通遺伝子が辿るルートは自分→母→姉妹 と 自分→父→姉妹 の2つがあります。
前者は辿ると1/4になります。これは2倍体のときと同じですね。
しかし後者は二倍体の時と異なります。なぜなら、「父から見た子(姉妹)の血縁度」を考えた時、父側で遺伝子を掴むと必ず子と共有するため、血縁度が1になるからです。
よって自分から見た姉妹の血縁度は以下のようになります。
これは、自身で産んだ子との血縁度1/2よりも高くなっていることから、「ワーカーにとっては姉妹を育てる方が自分で子を産むよりも同じ遺伝子を残せる」という結論に繋がります。
よって、ワーカーの存在が説明できるようになるのです。
血縁度の計算は大学入試でも頻出
以上で血縁度の説明およびヘルパー・社会性昆虫を説明して授業的には終わりなわけですが、昨今の大学入試では血縁度計算が割と出題されています。
上で扱った二倍体での母子、姉妹、いとこは勿論のこと、オスが半倍数体の生物においてもちょっと捻った問題が出題されています。ですので、血縁度の値を覚えておくことに価値はなく、求め方自体をしっかり定着させておくのが必要です。
今のところ自分のやり方で一応できているので、恐らく上で紹介した方法を覚えておけば通用はするのではないか……と思っています。もし通用しなかったらごめんなさい……
*1:染色体の動き、だけで考えていくと、組み換えが生じるせいで「父と自分の染色体は一緒じゃなくない!?」みたいな混乱が生じかねません。必ず遺伝子。遺伝子を見よ。