今日、ある生徒に相談された。
「先生、私脳科学に興味があるので、脳科学の研究や勉強ができる大学はありませんか?どの学部になりますか?」と。
取り敢えず、まず「どんなことを知りたいの?」と聞くと
脳に良い勉強方法などの、いわゆる本として出ているような内容を調べられる研究がしたい、と・・・
聞いて最初に思ったのは、
多分ないだろうな、という事であった。
そもそも、脳科学という言葉自体が非常に多くの研究範囲を包括してしまっている。
一口に脳と学習の関係を調べる研究といっても
学習者において活性化される脳の部位を特定していくもの
神経細胞内の分子の動きにまで落とし込もうとするもの
物質と神経細胞興奮頻度の関係性を調べるもの
特定脳波とその時生じた行動を関連づけ、行動を引き起こすメカニズムを探るもの
脳の日内変動を観測し、どのように使用されているのかを調べるもの
学習時の細胞挙動を調べ、神経ネットワークへの考察を深めるもの
睡眠と学習と脳の関係のみに焦点を絞るもの
大雑把なデータとりをして、ただの統計理論を出すものもあるし
脳を再現してやろうというものもあるし
もっとマニアックなのでいけば、活動電位や分子振動数から脳を探るものまで・・・
http://www.brain.riken.jp/jp/aware/brainsci.html
とにかく「脳のことが知りたい!」となったとき
どのレベルで知りたいのか?
何を解き明かしたいのか?
でかなり細かく分別されていき、
その結果多くの研究室がその細分化された項目について日夜研究に勤しんでいる。
そこで出てくる結果などというのは、世間一般が期待するような
「こういうことをすれば脳にはいいんですよ!頭良くなりますよ!」という物ではなく
「○○は脳における学習過程に関係または関与があるらしい」という
非常に微細な、かつ解釈は最小限に抑えねばならない結果ばかりだ。
私の印象としては、いわゆる世間の期待する脳科学は
それら研究の微細な賜物を大きく膨らませて自分に都合のいいように曲解し信じ込んだ
そいういうものでしかない。
例えば、カフェイン摂取により海馬の神経細胞の興奮は見られるが
それを見て「海馬は記憶を司るはずだから、記憶が伸びるに違いない!」と早とちりで囃したてて吹聴している気がする。
勿論、かなり細かな研究成果が結晶化してきて
「こういう事が脳のストレス面から見てor学習成果から見て良いらしい」
という結果は少しずつ見えつつある。
例えば、睡眠なんていうのは代表例だ。
レム睡眠とノンレム睡眠、そしてその時間における脳の活動と多くの心理学的研究による実際のデータの兼ね合わせによって、段々とどう寝ると良さそうなのか?や、寝ないことで脳に多大な負荷がかかり学習効率も落ちることは分かってきた。
けれど、具体的根拠となる論文をそれに関してはかき集められるが
世間が言う「脳科学」という半分似非科学領域的な物は、どれだけ根拠を持ってこれるのだろう?
私も大学4年生で、分子神経生物学の研究室に所属し
神経ネットワーク内の分子挙動と学習の関係性を調べていたので
「脳」という未知なるネットワークが持つ魅力は存分によくわかっている。
だが、学部時代からずっと耳にしたのは
「どれだけ研究が進んでも人間の脳へのヒントでしかない」ということだった。
人間の脳は千数百億もの細胞でできている超複雑系である。
それゆえミクロレベルのアプローチはほぼ今のところ不可能だ。
何が何を引き起こしているか純粋に見られない。
だから、大雑把に酸素消費量等を見るfMRIなどの機械でどこが活性化しているかを見るくらいが最も精度の高い・・・ストレートな結果になるのではないか。
あとは、生理学的に、「この能力に長けていた人は皆脳の形が~」という、解剖による結果だだろうか。
人を調べられないから、それよりミクロな系を使って、本質の情報をかき集めていく作業なのだと思う。ショウジョウバエ、ゼブラフィッシュ、線虫、マーモセット、チンパンジー、オラウータン・・・これらは全て、脳のエッセンスを秘めた存在で、だからこそ研究しそのエッセンスを少しずつ見つけていくのだ。
それが脳科学だ。
全く華やかでないし、地道で、やったところで何も皆が喜ぶ情報をフィードバックできない。でも、それが誠ではないか。
とにかく、最近テレビや本で言われているような
「脳を鍛える」とか「脳に良いことをする」とか
そういうことを聞くたびに「ソースはなんだろう」と不思議に思う。
そして、よく堂々言えるなと思う。
本当に脳について知りたがっている人たちはあんなに堂々自説を言わない。
ただの人気者になりたいだけ
そしてそれらを支持する人々は何かに救われたいだけなのではないか。
だって自分が頭良くなる術が見えているならあやかりだいのでしょ、って。
生徒には、
「まず自分がやりたいことをやっている研究室を探しなさい」
「そしてその学部と大学を確認しなさい」と伝えた。
「もし見つからないなら、脳や神経でヒットする研究室の紹介を読んでみて、イメージを作ってみたらどうかとも。
生徒は情報がない。調べられない。ヒントを与えて、やらせてみる経験をすれば、次からできるようになるだろう。
さて、どんな答えを持ってくるだろうか。