あいまいまいんの生物学

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まいばいお11 DNA to Protein②

前回↓
i-my-mine.hatenablog.com

 

今日は続きで、1950年代に突入するくらいまでは進めたい…!!!

ここら辺からもう「あ!教科書でやったやつだ!!」みたいな有名実験も多くなってきます。まぁ教科書に書いてあることは実験の一部とかで全然細かくないんだけど…

あと前回も思ったけど自分が好きなことは熱量やばいしどうでもいいなって思ってることは熱量無ですね。ごめんなさい。しょうがないぜ。

 

 

✿1940年代 明かされていくDNAの正体

前回まではRNAとDNAが区別された~って話をしたと思うんですが、大体あれが1930年くらいの話でしたね。

そういう時代の傍らで、1928年、Frederick Griffithが肺炎双球菌を用いた実験を行っていました。はい!あのグリフィスの実験ですよ!!

肺炎双球菌にはS型と呼ばれる病原性を持つタイプ(莢膜という多糖類でできた膜を持っている)と、R型菌という病原性を持たないタイプ、2つのタイプが存在します。形質が違うってことは遺伝情報が違う。

この莢膜の有無のせいでコロニーを形成したときに表面がなめらか(Smooth)になるのがS型菌、粗く(Rough)になるのがR型菌というふうに名前がついてます。

これを使ってグリフィスは、教科書的に簡単に説明すると、以下の実験と結果を得た。

  • S型菌だけをマウスに注射するとマウスは死ぬ
  • R型菌だけをマウスに注射してもマウスは死なない
  • S型菌の加熱殺菌したものを注射しても死なない
  • 生きたR型菌とS型菌の加熱殺菌したものを混ぜて注射するとマウスが死ぬ、しかも死んだマウスの血からは生きたS型菌とR型菌がとれる

彼はこの結果から、「R型菌はS型菌死体に含まれる『転換要素』を得ることで『形質転換』を起こし、R型菌からS型菌に変化した」と結論づけました…

というのが高校教科書の内容。

この授業すると大体鋭い子から決まった質問が授業後飛んでくるんですよね。

「S型菌の加熱殺菌したものの中に莢膜があって、それにR型菌が潜り込んだだけで、形質転換-つまりR型菌の遺伝情報に由来する形質が完全に変わった訳じゃない可能性もありませんか?」

「R型菌が突然変異を起こして勝手にS型菌になった可能性は?」

だよねー!いやそう思うよ!!

では教科書以上の話をしましょう。グリフィスは実は非常に用心深い人物だったようで、やはり同じことを考えたんですね。

ここでちょっと肺炎双球菌の話に戻りましょう。R型とS型がいるという話をしましたが、S型菌には実は莢膜に多型がある。だからS型の中でもその多型で、Ⅰ、Ⅱ・・・と大体30くらい免疫学的区分がなされています。

R型はもともとS型菌からの突然変異によって出現したもので、これも由来するS型菌に則ってⅠ型から出現したらⅠ-Rなんて名前をつけます。

で、ここがグリフィスのうまいところなんですが、グリフィスはⅢ-S株とⅡ-R株を使ってるんですよ。これがとってもうまい。

つまりつまり、Ⅱ-R株が突然変異したり、莢膜かっさらってったりしたら、その遺伝情報というか免疫染色は「Ⅱ型」用のものに反応するはずなんです。

ところが先程述べたうちの4つめの実験で現れたいないはずのS型菌は、Ⅲ型用に反応するんですよ。

ということは、Ⅱ-RがⅢ-Sに、完全に「形質転換」したってことでしょう?

という。グリフィスすごい。実験の立て方半端ない。

 

さて、その実験に目をつけたのがOswald Theodore Averyです。

アベリーは、「この形質転換というのはおそらく、細菌たちが遺伝物質をやりとりしたことが原因で生じているのだろう…つまり形質転換物質を突き止めれば遺伝情報が何にあるかは分かる」と考えました。

ちなみにこの時代は遺伝情報が染色体に存在することはもう推定されていて、染色体がタンパク質とDNAからなることから、そのどちらかだろうって言われてました。

前回の記事でも述べたように、「DNAは単純すぎる」ということで、タンパク質説が有力だった。

アベリーはそんな中で本当の遺伝情報はどっちに載ってるのかを証明しようとしたわけです。

さぁ、どうしようか、ということで、彼らが目をつけたのが「肺炎双球菌はコロニーで型が区別できる」ということと、「分解酵素」…

つまりR型菌コロニーに、S型菌加熱殺菌物を「いろんな分解酵素で処理して」与えて、もし形質転換が起こらない(コロニーに変化がない)場合は形質転換物質が分解されていると考えれるじゃないか!と。

ということで1943年、

  • タンパク質分解酵素で処理したS型菌抽出物は形質転換を起こさせる
  • DNA分解酵素で処理したS型菌抽出物は形質転換を起こさせない

という実験と結果から、

アベリーは「形質転換を起こす物質はDNAである」と結論づけます。

タンパク質が遺伝情報の媒体だと思われていた時代にとって、アベリーの考えたことは非常に先進的でした。

 

このアベリーの発見が1952年に行われるAlfred HersheyとMartha Chaseによる実験につながります。

彼らはT2ファージを用いた実験でDNAは遺伝情報を担う物質であることを証明するのです。

私はこのハーシーとチェイスの実験に対し常々しびれるところがあって、これはなにかっていうと「生物」の実験に「無生物」を使うアイデアですよ。凄くないですか?

そもそもウイルスはさまざまな科学者にその実態を誤解されながら、1898年にベイエリンクが「生命を持った感染性液体」だと、ウイルスというものがいるんだと言い張って、それをスタンリーが違う、ウイルスは粒子だと言って、なんてですね…めっちゃこれもアツい話があるんですが…とにもかくにもそもそもウイルス自体がこの時代にとって非常に先進的で、しかもそれを生物学に使おうっていう潮流自体がすごいんですよ。

1940年代にファージ・グループというバクテリオファージ生物学に使おうぜという先進的団体が結成されて、ここに!ハーシーが!いるんですよ!!

ウイルス凄いしウイルス使おうとした人々も凄いけど語りきれねぇ…また今度…

はい、話は戻ってハーシーとチェイスの実験。

そもそもT2ファージくんは大腸菌に寄生し、内部で増殖すると細菌を壊して外に出てくる子です。ウイルスは自分で増えることはできません。

ファージはほぼ核酸とタンパク質のみからできているので、感染したときには自分の核酸とタンパク質をその細胞の仕組みを横領して作らせているんですね。

で、ちょっと考えてみてください。この時代遺伝情報は「タンパク質かDNAかどっち」って時代でしょ?ほら、ウイルスはこの2つでしかできてない!!!!!!!

ウイルスが感染した時自分を細胞に作らせられるってことは、すなわち細胞内に自分の遺伝情報を入れているだろう、と…だから感染時DNAとタンパク質どっちを入れてるかを見てやろう、というのがこの実験なんですね。

 

このアイデア相当すげぇなと思うんですが、そもそも実験のヒントが実は友人アンダーソンから与えられてたらしいんですよね。

アンダーソンは電顕の人なんですけど、その写真によるとT2ファージにはDNAを入れるタンパク質の頭殻があって、細い足がついてて、その足表面が細菌についてる、みたいな。

頭からっぽになったファージもいる、みたいな…

だから発想したらしい。え、この時期もうT2ファージ見えたの?という驚きもある。だってDNAの構造すら分かってない時代だよ?

 

さて、ハーシーとチェイスはこれを実行するために、放射性同位体を使います。

DNAとタンパク質の組成元素を比べると、

DNA    … C, H, O, N, P

タンパク質 … C, H, O, N, S

というふうになっているので、DNAはリン、タンパク質は硫黄を目印に相手から区別して探すことができます。 

ですから、例えばまずリンをP32で標識しよう、となった場合には、

  1. P32を用いた培地を作って大腸菌を育てる
  2. 育てた大腸菌にファージを感染させる

というステップを踏むことでP32で構成されたファージを作ることができます。

このようにしてラベルされたファージを通常の大腸菌に感染させて、しばらくしてからミキサーで撹拌してファージ表面についているものを振り落とした後、遠心で大腸菌だけを沈める。

その沈んだ大腸菌区画からP32の標識が見いだされれば、DNAが大腸菌内に入ってるぞとなるし、逆に見いだされなければ入ってないぞということになる。

S35も同様です。

この実験、「ミキサー」が出てきて最初聞いた時は一体どんな専門的な道具なんだろうと思ったんですが、これまんま料理に使うミキサー。実際この手順でファージの殻を外してるんですが、最初うまくいかずに困ってたところに、同僚のマーガレット・マクドナルドっていう人が助言して、ミキサーを使ってみたらうまくいったんだとか。

ミキサー、今は記念に研究所の宝物になってるらしい。ほんまか…

とにかくこういう実験をして、出た結果が

  • P32を標識すると沈殿に出る
  • S35を標識すると沈殿にほとんど出ない

ってことでこれはDNAを中に入れてるなってことになり、「遺伝子の本体はDNAである」ということが直接的に証明されたんですね。

私の中では生物学で出てくる実験の中で大好きな実験5本の指に入る。すげぇ。

 

 

✿1950年代 時代の急加速

さぁDNAが遺伝情報持ってるぞ!って分かって突入した1950年代。

この年代では、3つの研究グループが「DNAの構造決定」を目標として掲げ並行して実験を行っていました。

1つはMaurice Wilkinsの在籍するキングス・カレッジ、

2つめはLinus Pauling率いるカリフォルニア工科大学のグループ、

そして最後Francis CrickとJames Watsonのケンブリッジグループです。

DNAの構造決定はまさに競争の状態だったのです。

 

1950年には、Erwin Chargaffによってシャルガフの法則―DNAに含まれる塩基割合ではA:T=1:1, G:C=1:1が成り立つ、というもの-が提唱され、

これを満たすDNAの構造が探求されました。

キングス・カレッジはDNAの詳細なX線回折画像の取得に励み、

ポーリングのグループはX線回折パターンから多くのタンパク質中にα-ヘリックス構造が含まれていることを発見したりDNAの構造モデルをいち早く打ち立てるなどしました(ただしこのモデルは三重鎖モデルであり、間違いでした)。

一方ワトソンとクリックは自分の手で実験はせず、データと数値からのモデル化に励みました。

ここで、Rosalind Franklinの撮影したX線回折画像を手に入れ、その画像で鮮明に示唆されているらせん構造の情報から二重らせん構造モデルを彼らは打ち立てました。

1953年のことです。

この二重らせんにまつわるロザリンドの話とかウィルキンスの話とかもちゃんと書くべきなんだろうけど、正直どのサイト行っても文献行っても書いてあるから読んでみて貰えばいいと思う(書くのがつらくなってきた。さっきまで暴走しすぎたせいだ…)。

私がここに関して思うのはワトソン嫌いだなってことだけです。私ワトソン嫌い。おわり。

 

同年である1953年、全くこれら発見とは独立に、Paul Zamecnickはラット肝臓細胞の抽出物(無細胞抽出系という)を使ってタンパク質合成に関する研究を行っていました。

彼はタンパク質の構成を追跡するため放射性標識アミノ酸を無細胞抽出系に与え、反応物を遠心分離して沈殿物を調べました。

彼は、合成に使われていないアミノ酸は軽いため上清に、逆に合成に用いられてポリペプチドとなったアミノ酸は重いので沈殿すると考えたのです。

その沈殿物には確かに合成されたポリペプチド-標識をもつアミノ酸を含むポリペプチド-が存在したのですが、一緒に混ざってリボソームが見つかってきました。

その知見から、リボソームが細胞合成の場になることが推定され、

同時にリボソームを構成するrRNAはタンパク質合成に何らかの役割を果たすということが推測されました。

rRNAのことをタンパク質が合成される鋳型だと考える仮説も出ましたが、

rRNAはさまざまなポリペプチドの長さがあるのに比較してほぼ均質であるため、鋳型としての条件を満たすのかは疑問視されていました。

 

1955年にはザメニックは更に、Mary Stephensenとともに新たな発見をします。

それは、アミノ酸が最初に可溶性の低分子RNAに結合し、その後それらアミノ酸リボソーム内のタンパク質に転移していくという発見です。

これはまさにtRNAの発見でした。

 

 

よっしゃーtRNAまできたら次は何が出るかってmRNAとGenetic Code問題ですよね…RNA Tie Clubの話とか混ぜながら次回はやっていきたい。

とりあえず今日はここまで。(思ったより長くなったな…)

 

 

続き↓

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