今年の名大と京大では、「遺伝子のマッピング」に関する問題が出題されました。
具体的には、
名大生物 Ⅳ 設問(3)
京大生物 Ⅱ 問5
がこれに該当します。
遺伝子のマッピングは、一応授業で解説されるような基本事項さえ知っていればできるものではあるんですが、多分一度解いてみないとあまり実感がわかないというか
そもそも表がかなり怖そうで怯んでしまうというか
そういう面がかなりあるのかなと思いまして。
今回の記事では、遺伝子のマッピングというのが一体どんなもので、
どういう風に考えればできるのかな、というのを、噛み砕いて紹介できたらなと思います。
かなり我流なので、間違っている点があるかもしれません。そういう場合はコメント等でご指摘頂けると幸いです。
今回理解できそうな単語
遺伝子のマッピング(gene mapping)
マーカー遺伝子
事前にあってほしい知識(キーワード)
遺伝子、染色体、遺伝子座、配偶子形成、減数分裂、連鎖・独立、表現型、乗換え、組換え
特定の遺伝子について、どの染色体の、どの位置にあるのかを決める行為です。
つまりは、遺伝子の「所在地」を知る行為ですね。
例えばヒトなら、染色体が24種類ありますね。第一染色体~第22染色体、X染色体、Y染色体ですが、それらは全て違う情報を運ぶ、異なる配列のDNAたちです。
ここで、「血液型を決める遺伝子はどこにあるんだろう」となると、先ほど挙げた24種類の染色体のどれかに必ず乗っているわけです。しかしそれはどこか分からない。
加えて、どの染色体に乗っているかが分かったとしても、その染色体中のどのあたりに血液型を決める遺伝子が存在するかは分からない。
そんなわけで、遺伝子の所在が分からなくて知りたいなという需要が出たら、マッピングをする必要があるわけです。
マッピングをしたくなる場面の例を出してみます。
例えばこういう時…
・マウスは白毛と黒毛のものがいる。
→「毛の色を決める遺伝子はどこにあるんだろう?」と疑問に思った。
→マッピング!
・ある変異体を得る
→「変異体の変な挙動の原因となる遺伝子はどこにあるんだろう?(=どの遺伝子がおかしくなっているんだろう?)」と疑問に思った。
→マッピング!
って感じです。雑な例ですが……。
要するに、遺伝子のマッピングは研究をしている時でもよく使う、大事な手法なんですね。
今回紹介したいと思っているのは、
「どの染色体上に目的の遺伝子があるかは分かってる」
「けどどの位置にあるのか分からない」
という時、交配を通してマーカー遺伝子というものを基準にマッピングする手法です。
大前提として、「乗換えは一度の配偶子形成で最大一箇所にしか発生せず、多重乗換えは生じない」とします。まぁこれはそういうもんかと思っておいて。
ちなみに、こういうことを言うと、
「それって全ゲノムシーケンシングして、塩基配列だして、違う形質のやつの配列を比べた時に、異なる配列になっている部位を特定すればいいんじゃないの?」
という疑問を持つ人もいるかもしれません。
それは勿論手法の一つではあるのですが、普通にお金がかかるし時間がかかるし無駄が多いです。
あと、もし複数の違う箇所が見つかった時、どれが求めている違いなのかを特定する行為をどうせその後しなきゃなりません。
だったら最初から雑なアタリをつけておいて、その近辺の遺伝子だけPCRかけてシーケンシングして、配列読んでやっぱり違う箇所あるねって特定していった方がいいのではないでしょうか!(いや、色々技術が進展したら、今から紹介するような古典的なマッピング手法なんて淘汰されるのかもしれないな……)
(でもテクいことを知ってることはどこかで役にきっと立つと思うんだよ、うん)
もしあなたが勇者なら
では早速、遺伝子のマッピングについて紹介していこうと思うのですが。
まずは考え方を知ってもらうのがいいのかなと思います。
そこで、こういう状況を考えてもらいます。いいですか?考えてみてくださいね?
……
あなたは勇者です!
目の前に、縦にひょろ長い棒状の敵が出現しました。
敵はひょろ長い棒状の胴体のどこかに、一点「コア」を持っています。
このコアを壊さないと、敵は死なないので、あなたはコアの位置を特定する必要があります。
ちなみにこの敵は、コアが残っている場合、ちぎられても再生します。コアが残っている方から再生をして、完全な状態に戻ってしまいます。コアがない側のちぎられた破片はなくなります。
再生は一瞬で行われるので、ちぎる攻撃は毎回完全長の敵に対して行われることになります。コアの位置は固定です。また、敵は常に縦に立っているので、上と下が分かりやすくなっています。
取り敢えずこの敵は反撃してこないとして、好き勝手に敵を弄って、効率的にコアを探して倒してください。
……
なんの話だよ、と思うかもしれませんが、これがマッピングに活きる考え方なので真面目に考えてくださいね!
皆さんはどんな回答を出したでしょうか。
私の場合、「どんどんちぎってみて、どっちの破片から再生するかを見てみる」という手法をとります。
本当は二分探索的なものをしたいですね。なのでまずは真ん中でちぎります。ちぎると上の破片から再生したとしましょう。そうしたら、「コアは上側にあるな」ってわかります。
次に上から1/4の所でちぎります。下側から再生したら、「コアはこの敵の上から1/4~1/2の間にある」と分かります。次はこの狙ったパーツの半分の所でちぎればいいですね。そうやって「ちぎる」行為を繰り返し、ちぎってもちぎってもコアと連動して動くように見える部位を見出せれば、コアの位置は特定できるのです。
では、もうちょっと難易度を上げます。
敵の上下が分からない としたらどうしましょう?
つまり、先ほどまでは縦に立っていてくれましたが、再生するたびに横になったり、反転したり、向きが不明瞭になっちゃうんです。
あなたならどういう工夫をしますか?
答えは、「マーカー」をつければいいんですね!
まず敵の身体に、4か所くらいマーキングをしましょう。4つの印は全て違う色にします。すると、敵がくるくる違う向きを向いても、同じ位置がどこだったのか追えますよね。
で、やることは同じく「ちぎる」を繰り返す行為なのですが……
例えばマーカーが赤・青・黄・緑という風に、端から等間隔に塗ってあるとしましょう。
真ん中でちぎって、赤・青がある側から再生すれば、赤・青が塗ってある側にコアがあると分かります。
次に赤と青の真ん中でちぎります。青がある側から再生します。青近辺にコアがあることが分かります。
これ、俯瞰すると、毎回青とコアが一緒に動いていくように見えるわけですよね。ここがポイントです。
ただし、切る試行が沢山あると青とコアの挙動が分かれることも勿論あります(下図)。
が、一応コアに近いマーカーはよく挙動が一致し、遠いマーカーは別挙動が目立ちますね。
こういう情報から、コアの場所を絞っていけるわけです。
さて、そろそろ気づかれていると思うんですが、この細長い敵が染色体のつもりなんですね。
コアは目的遺伝子です。
つまり、「細長い敵のコアの位置を知る行為」≒「染色体上の遺伝子の位置を知る行為」なんですよ!
まとめると、染色体上の遺伝子の位置を知るには、
- まず染色体上に目印であるマーカーをつける(マーカー遺伝子を決めることで可能となる)
- 染色体をちぎる行為をくり返し、どのマーカー遺伝子と目的遺伝子がよく一緒に動くのかを見る
ということでできそうだということになります!
じゃあ、「染色体をちぎる」ってなんだ?どうやるんだ……?
……そう、「乗換え」ですね!!!!!!!!
配偶子形成の際、減数分裂第一分裂で生じる「乗換え」では、一本の染色体=敵だったものがちぎれるイベントが生じる可能性があります。
ということは、目的遺伝子の位置を知るには、目的遺伝子と、その遺伝子が乗ってるはずの染色体上にあるマーカー遺伝子を把握した上で、
そのすべてが乗っている染色体を持つ個体に、配偶子形成をバンバンさせて、乗換えをおこさせればいいわけです!
その結果、どのマーカー遺伝子と目的遺伝子がよく一緒に動いているかを見つけられれば、遺伝子の位置が特定できるわけですね!
今回の名大の問題を参考にしながら実際のマッピングをやってみよう
上で十分理論の基礎については説明をしてきたと思うので、実践例を見ながら遺伝子のマッピング行為を確認していこうと思います。
今回は、名大の問題でも出てきたマングローブキリフィッシュを例に出します。
マングローブキリフィッシュは、メダカに近縁な生物なのですが、
発達した卵巣内に精巣をもち、体内で卵と精子を作って自家受精するというちょっと特殊な脊椎動物です。こういうのを雌雄同体生物といいます。
名大の問題では、以下の設定が与えられていました。
- マングローブキリフィッシュにはP系統とQ系統という、互いに塩基配列が微妙に異なる系統が存在する(同じ遺伝子座に違う対立遺伝子を持っている)。
- A~Dの遺伝子が連鎖する染色体上に体色を決定する遺伝子があるらしい。
- P系統は茶色、Q系統はグレーで、茶色がグレーに対し優性である(茶色が顕性である)。
- 体色遺伝子をマッピングしてほしい!
ちなみに、P系統とQ系統は純系のはずなので、茶色にする遺伝子を「茶」、グレーにする遺伝子を「グ」とすると、P系統の遺伝子型は「茶茶」、Q系統の遺伝子型は「ググ」ですね。
A~Dの遺伝子についても、PタイプとQタイプがあると説明されていますから、この染色体に着目すると
P系統ではAP, BP, CP. DP. 茶 が連鎖
Q系統ではAQ, BQ, CQ, DQ, グ が連鎖していることになります。
ここで、例えば体色遺伝子がCD間の、D寄りの位置にあったとしましょう。
つまり、P系統ではCP-DP間のDP寄りに茶が
Q系統ではCQ-DQ間のDQ寄りにグが存在するわけ。
先ほど、敵の例でも挙げたように、この遺伝子の位置を知るには「ちぎる」=「乗換えを起こさせる」しかないわけですが、
例えばP系統が自分の配偶子を作ったとして、その配偶子の様子から乗換えが起こったか否かが見えるか、というと、答えは……
見えません!
だって乗換えしても、一本の染色体内で AP, BP, CP, DPと茶 というセットになることは変わらないんだもの。
てことは、乗換えが起こったことを可視化するためには、相同染色体が二種類の異なる染色体で構成されているもので配偶子形成をさせなきゃだめだ。
なのでP系統とQ系統の交雑体を最初に作ります。
さて、交雑体であるF1さんが作る配偶子の種類と、それが持つ染色体の様子を考えてみましょう。
乗換えが生じない場合は、マッピングにおいて参考になりません。まず、乗換えが生じない場合に出てくる配偶子の染色体構成を考えましょう。
まぁ、こうなるわな。
一応、AとDの外側で乗換えが生じても、この配偶子が出るから、AP,BP,CP,DP,茶 が出たからといって「乗換えが絶対起こってない」とはいえないんだけどね。
もし、AP,BP,CP,DPという風にマーカー遺伝子は全部元の組合せで揃っているのに、「グ」を持つ配偶子なんかが出たら、それはA~Dのマーカー遺伝子より外に体色遺伝子があるという議論になってくるわけですが。
今回はC-D間にあるからマーカー遺伝子より外側で乗換えが生じても AP,BP,CP,DP,茶 および AQ,BQ,CQ,DQ,グの組合せは変わんないです。
次に、マーカー遺伝子A~Dの間で乗換えが発生する場合、つまり敵をちぎる場合を想定してみましょう。
ちぎりはどう検出できるのか?勿論、配偶子内で、A~Dについて、PとQがごちゃ混ぜになってたらこれはあからさまに「ちぎり」が発生しています!
とはいえ言葉で言っても分かりにくいので、具体例を出してみます。
乗換えは、染色体上のどの位置でも同確率で生じるはずなので、取り敢えず三か所それぞれで乗換えが起こった結果を考えてみます。
一番上の矢印で示したA-B間で乗換えが生じると、出来る配偶子は表のようになります。AQ, BP, CP, DP, 茶 と AP, BQ, CQ, DQ, グ というのが新規に出現した配偶子です。これは、先の敵の例でいうなら、Aという一番上のマーカーをぶちっとちぎりとったら、残りの部分にコアがあった、というのと同じことですね。
次はB-C間で乗換えさせるよ。
AQ, BQ, CP, DP, 茶 と AP, BP, CQ, DQ, グ が新規に出現した配偶子たちです。これが乗換えが起こったやつですね。
AとBに関わらずCやDと体色遺伝子が一緒にいるので、A-B間には体色遺伝子がないと分かりますね。
最後にC-D間で乗り換えたら?
AQ, BQ, CQ, DP, 茶 と AP, BP, CP, DQ, グ が乗換えたやつ。
ここから、A-C間には体色遺伝子はないねってなるわけです。
Dと体色遺伝子の挙動がよく一致してるね。
一応俯瞰できるように今までの全パターンの配偶子例をまとめてみましたよ。
薄いだいだい色の網掛けした配偶子が乗換えがマーカー遺伝子A~Dの間で起こったやつです。
濃い黄色は茶・Pとグ・Qが一緒に動いているゾーンを提示しているつもり。
Dが一緒に動く感、分かりますか?所謂完全連鎖みたいなもんだよな。
なるほど!配偶子のマーカー遺伝子がどっちなのかと目的遺伝子がどっちなのかが見えればいいのね!
ってなってきたと思うんですが、
じゃあ実際配偶子の遺伝子型なんて簡単に見えますか?というと、まぁそうはいかないですね。
基本見やすいのは子の表現型ですから、子を作らせて、その結果から配偶子の様子を見れればよい。
普通はここは検定交雑を使っていきたいところですが、自家受精するタイプの生物はこれが難しい。コマッタナ
面倒くさそうだなぁと思うかもしれませんが、F1自家受精でも普通にマッピングは可能です。さっきのF1を取り敢えず自家受精させてみると、多分こんな奴らが出てきます(下図)。ちなみに、マーカー遺伝子の遺伝子型は、何故か分かるという体で行きます。*1
いや、難しいやん!どう見ればいいか分かんないよ!とか思うかもしれませんが、落ち着いて考えましょう。
まず、今までの議論を振り返ると、乗換えがA~D間で起こってない配偶子は、AP, BP, CP, DP, 茶 または AQ, BQ, CQ, DQ, グ なわけでした。
ということは、体色の遺伝子型が分かれば、ある個体を構成する染色体で乗換えが生じていたかどうかは見えそうです。
なので、体色の遺伝子型をまずは書き足してみます。
次に、「乗換えを起こした配偶子でできた子供」を見つけてみます。
そんなのわかんないじゃん、と思うかもしれませんが、上でも何度も述べたように
AP, BP, CP, DP, 茶 と AQ, BQ, CQ, DQ, グ がもともと連鎖してるんです。
なので、子にその配偶子がありそうならそれを削っちゃえばいいんです。
まず子供をもとになった配偶子(誰と誰が受精したのか)に分解するじゃろ?
A~Dについては比較的簡単にいけますが、体色の遺伝子については注意が必要です。一応、A~Dよりも外側に体色遺伝子がある可能性も考えながら普通は表を見るのでね。
なのでPPPPだったら茶、QQQQだったらグ とは安直に言えないわけです。
絶対確定できる!ってところから決め打ちします。例えば「ググ」の場合は確定が可能ですよね!
そんなわけで③④⑨⑩⑬⑭が確定したから引っこ抜いてみよう。見にくいからね。
④を見ると、QはDのみで、他はPのタイプになっています。もしA-C間に体色遺伝子があったら、こうはなりません。C~Dの末端のどこかにいそう。
⑭ではC, DがQの型でA, BはPの型です。やはりA-B間には体色遺伝子がないよというのが推されていますね。
⑳では、Dの所がPになっているのに体色遺伝子がグになっています。ということは、Dより外側には体色遺伝子はないということになる。
これらの推論から、C-D間にあるのではないか、という予測を立てることができます。
てことは、もうPPPPときたら茶、QQQQときたらグ としていいよね。
C-D間にあるという仮説に則って本当に全ての個体が生じることが説明つくかな?と試してみる。
つきそう。
茶だったらP、グだったらQの領域を配偶子内で塗ってみたよ。
C-D間っぽいね!
CとDめっちゃ挙動一致してるやん、の気持ち。
ということで、なんとなく遺伝子のマッピング、伝わりましたかね?